ピエール・ガッサンディ

ピエール・ガッサンディ：アリストテレス批判から近代科学への橋渡し

ピエール・ガッサンディ (1592年-1655年) は、17世紀フランスを代表する哲学者、物理学者、そして数学者です。貧しい農家の出身ながら、並外れた才能で学界の頂点に上り詰めた彼の生涯と、現代思想に多大な影響を与えた業績について見ていきましょう。

生涯：地方からパリへ

ガッサンディは、プロヴァンス地方の貧しい農家に生まれました。幼少期から並外れた知性を示し、ディーニュ大学で言語学と数学に秀でた才能を発揮します。その後、エクサンプロヴァンス大学で哲学を学び、16歳にして修辞学の教師、そして3年後には神学と哲学の教授に就任。ディーニュ大学、アヴィニョンでの神学学位取得を経て、僧職に就きます。しかし、次第に神学研究から離れ、哲学へと傾倒していきます。

その後、フランドルとオランダへの旅行を経て、聖堂参事会員、ディーニュ聖堂学院の学長などを歴任。1645年には、パリのコレージュ・ロアイヤルで数学教授となり、晩年まで精力的に講義を行いました。ガッサンディはパリで生涯を閉じます。

思想：アリストテレス批判とエピクロス主義の復権

ガッサンディの思想は、アリストテレスへの批判から始まります。当時のスコラ哲学に疑問を抱き、アリストテレスの権威に盲従する学者たちを痛烈に批判するパンフレットを執筆しました。ただし、その過激さから一部は自ら焼却処分したという逸話も残っています。

彼の批判は、デカルトにも向けられました。デカルトの「方法的懐疑」を「観念の遊戯」と見なし、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」に対抗して、「存在は、思惟と同様に、他のいかなる作用からも推測できる」と反論しました。

ガッサンディの最大の功績は、古代ギリシアの哲学者エピクロスを復権させたことです。長らく誤解されてきたエピクロスの唯物論を、経験論的な立場から再解釈し、その倫理思想の純粋さを擁護しました。さらに、唯物論と無神論が同一ではないことを、エピクロス自身の信仰や自身の宇宙論によって論証しようと試みました。ガッサンディ自身は、神が世界創造の第一原因であり、世界全体の創造主であると考えていました。

宇宙論においては、プトレマイオス、コペルニクス、ティコ・ブラーエの三者を重要視し、中でもコペルニクスの地動説を高く評価しました。彼は時間と空間は、神による世界創造以前から存在すると考え、物質（原子）は神によって最初の運動を与えられたとしました。

デカルトとの対比と現代思想への影響

ガッサンディの思想は、デカルトの合理主義とは対照的な経験論に基づいていました。デカルトが「理性」を重視したのに対し、ガッサンディは「経験」を重視したのです。彼らの論争は、パリ大学で大きな論争を巻き起こし、スコラ哲学の終焉を加速させました。興味深いことに、ガッサンディの友人であるホッブズはデカルトの粒子説を支持した一方で、後のニュートンの原子論はガッサンディの方法論の影響を受けていると言われています。

著作

ガッサンディは数多くの著作を残しました。代表的な著作としては、『アリストテレスに関する逆説演習』『反デカルト研究』『エピクロスの生と死』などがあります。残念ながら、これらの著作は、現在日本語に翻訳されていません。

まとめ

ピエール・ガッサンディは、アリストテレス批判、エピクロス主義の復権、そしてデカルトとの論争を通じて、近代科学と哲学の発展に大きく貢献しました。彼の経験論的なアプローチは、ニュートン力学にも影響を与え、現代思想の礎を築いたと言えるでしょう。彼の業績は、今もなお私たちに多くの示唆を与え続けています。

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