ピュロロブス・フマリイ

ピュロロブス・フマリイ (Pyrolobus fumarii)

ピュロロブス・フマリイは、ピュロディクティウム科に分類される古細菌の一種です。クレンアーキオータという主要な系統群に属しており、中でも特に高い温度環境を好む、極めて強い好熱性を持つ生物として知られています。1997年から2003年までの間、地球上の既知の生物の中で最も高い温度で増殖できるという驚異的な記録を保持していました。

学名の由来

その学名 Pyrolobus fumarii は、形態的特徴、生育温度、そして発見された場所を反映しています。属名 Pyrolobus は、ギリシャ語で「炎」を意味する Pyro- と、ラテン語で「丸いもの」「葉よう」などを指す lobus を組み合わせたものです。これは、この生物が高温環境に生息する不定形の球菌であることに由来すると考えられます。種形容語 fumarii は、ラテン語で「煙突の」を意味し、彼らが深海の熱水噴出孔、特に「ブラックスモーカー」と呼ばれる構造から発見されたことにちなんで名づけられました。

発見と生息環境

この特異な古細菌は、1996年に初めて見つかりました。発見場所は、大西洋中央海嶺に位置する世界最大級の熱水噴出帯であるTAG熱水マウンドで、水深およそ3650メートルの深海環境です。ここでは、地球内部からの熱水が噴出し、極めて高温かつ特殊な化学組成を持つ環境が形成されています。ピュロロブス・フマリイは、このような極限環境に適応して生息しています。

生理的特徴と耐熱性

ピュロロブス・フマリイの最も注目すべき特徴は、その驚異的な好熱性です。彼らは90°Cから113°Cという非常に高温の範囲で生育が可能で、特に106°Cが最適な増殖温度とされています。発見当時は、それまで知られていた好熱性古細菌、例えば Methanopyrus kandleri AV19やPyrodictiumといった生物が持っていた最高増殖温度の記録を、3°Cも上回るものでした。

その並外れた耐熱性を示す証拠として、121°Cで1時間処理されるオートクレーブ（通常、細菌を含むほとんどの微生物を滅菌するために用いられる高温高圧滅菌装置）でも、完全に死滅させることはできないという報告があります。これは、彼らが極めて頑丈な生体分子構造や細胞構造を持っていることを示唆しています。

栄養摂取に関しては、ピュロロブス・フマリイは独立栄養生物に分類されます。彼らは、硝酸やチオ硫酸、そして酸素（ただし微量な環境下でのみ）といった無機物を利用して、水素を酸化することでエネルギーを獲得し、増殖します。この過程で、アンモニアや硫化水素、水といった物質を生成・排出します。興味深いことに、有機物や硫黄の存在は、彼らの増殖をむしろ妨げることが観察されています。このことから、彼らは通性微好気性独立栄養生物という生態的な位置づけがなされています。

形態

細胞の形態は不定形の球菌であり、決まった形を持たない丸い形状をしています。細胞壁は、多くの古細菌と同様に、S-レイヤーと呼ばれるタンパク質や糖タンパク質が規則的に配列した構造から構成されています。一般的な細菌の細胞壁とは異なり、このS-レイヤー構造のため、グラム染色を行うと陰性の反応を示します。

最高増殖温度記録の変遷

ピュロロブス・フマリイが保持していた113°Cという最高増殖温度の記録は、永遠のものではありませんでした。2003年には、より近縁とされる古細菌の一株「Strain 121」が121°Cでの増殖を示すという報告によって破られました。ただし、Strain 121の記録には再現性の問題が指摘されていました。その後、2008年には、別の古細菌である Methanopyrus kandleri の一株「Strain 116」が122°Cでの増殖に成功したと報告され、これが新たな最高記録となっています。このように、生命が生存・増殖できる温度の上限に関する研究は、ピュロロブス・フマリイの発見を契機として大きく進展しました。

ピュロロブス・フマリイに関する情報は、1997年に発表されたBlochlらの研究論文によって学術的に確立されました。この発見は、地球上の生命が存在しうる環境の限界を押し広げるものとして、微生物学や生命科学の分野に大きな影響を与えました。

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