ピントル式噴射装置

ピントル式噴射装置（Pintle Injector）

ピントル式噴射装置は、ロケットエンジンで液体推進剤（燃料と酸化剤）を効率的に混合し、燃焼室へ送り込むための重要なコンポーネントです。その名称は、中心部に設けられた「ピントル」と呼ばれる棒状の構造に由来します。他の噴射装置形式とは異なる独特の構造を持ち、優れた混合性能やスロットリング（出力調整）能力といった特長を備えています。

歴史的背景

ピントル式噴射装置の概念は、1950年代半ばに遡ります。当時のカリフォルニア工科大学およびジェット推進研究所（JPL）における、ハイパーゴリック推進剤（触れ合うだけで自然に燃焼する推進剤）の混合や燃焼反応時間を調査する基礎研究の中で、その初期のアイデアが生まれました。その後、現在のノースロップ・グラマンの一部門である旧TRW社の宇宙技術研究所（STL）によって、この概念は具体的な装置として形づくられ、開発が進められました。開発は1960年に開始されましたが、その詳細な構造や原理は長らく秘匿されていました。公開されたのは、TRW社のジェリー・エルヴァラム氏にその発明に関する特許（アメリカ合衆国特許第 3,699,772号）が付与された1972年10月になってからのことです。

ピントル式噴射装置が最初に大規模な実用化に至ったのは、アポロ計画における月着陸船の降下推進システムでした。月面への精密な軟着陸には、推力を大きく変動させるスロットリング能力が不可欠であり、ピントル式噴射装置はその要求を満たすのに適していました。しかし、アポロ計画の終了とともにその需要は減少し、一時期は主流から外れ、その存在が半ば忘れ去られそうになりました。しかし、その構造がもたらす高い信頼性やスロットリング性能といった優れた特性に改めて着目した技術者たちによって再評価され、現代のロケットエンジンにおいて再び重要な役割を担うことになりました。特に、スペースX社が開発・製造する「マーリン」エンジンをはじめ、多くのロケットエンジンで使用されています。

構造と動作原理

ピントル式噴射装置は、基本的に同心円状のシンプルな構造をしています。二種類の推進剤（例えば、推進剤Aと推進剤B）を別々の流路から導入します。

1. 推進剤Aの流れ: 一方の推進剤（例: 酸化剤）は、噴射装置の外側の管を通り、中心部のピントルを取り囲むようにリング状または円筒状に噴射されます。
2. 推進剤Bの流れ: もう一方の推進剤（例: 燃料）は、噴射装置の内側の管を通ります。この流れは中心にあるピントルの先端部分から噴射されます。ピントルの形状は自動車のポペット弁に似ており、この部分から推進剤Bは円錐状、あるいは場合によっては平面状に広がって噴射されます。

外側から円筒状に噴射される推進剤Aと、中心のピントルから円錐状または平面状に広がる推進剤Bは、ある一点で互いに衝突します。この衝突によって推進剤は微細な液滴となり、効率的に混合されて燃焼室へ送り込まれます。一部の派生型では、ピントルの先端に球状の部品が取り付けられており、これにより推進剤Bの流れがより半径方向に広がるように工夫されています。

利点

ピントル式噴射装置には、そのユニークな構造に起因するいくつかの重要な利点があります。

自己冷却効果: もし内側から噴射される推進剤Bを燃料、外側から噴射される推進剤Aを酸化剤とした場合、ピントルから噴射される燃料が燃焼室の壁面に沿って膜状に広がる傾向があります。この燃料の膜が燃焼室の内壁を実質的に自動的に冷却する効果を発揮し、エンジンの耐久性向上に貢献します。
優れたスロットリング性能: 推進剤の流量を増減させることで、ロケットエンジンの推力を容易に加減することができます。ピントル式噴射装置は、推進剤流量の大きな変化に対しても安定した混合と燃焼を維持しやすいため、燃焼効率を大きく損なうことなく広範囲な出力調整（スロットリング）が可能です。これは、月面着陸のように精密な推力制御が必要なミッションや、現代の再使用型ロケットにおける着陸時の減速などにおいて非常に有利な特性です。
* 構造の単純性: 他の噴射装置形式と比較して部品点数が少なく、構造が比較的シンプルであるため、製造コストの削減や信頼性の向上に繋がります。

一般の人々がピントル式噴射装置の原理を日常で経験している例として、庭園で使用される散水ホースの先端に備わる調整可能なノズルが挙げられることがあります。ノズルを回すことで水の噴射形状（直噴、霧状など）を変えることができるように、ピントル構造も推進剤の流れ方を制御する役割を果たしています。

主な搭載エンジン

ピントル式噴射装置を採用している代表的なロケットエンジンには以下のようなものがあります。

• - 月着陸船用下降エンジン
• - TR-106
• - TR-201
• - ケストレル
• - マーリン
• - Executor
• - MOMO (ロケット)

ピントル式噴射装置は、そのシンプルながらも効果的な構造によって、アポロ時代から現代に至るまで、数多くのロケットエンジンにおいて重要な役割を果たし続けている技術です。

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