ピーター・クラーマー

ピーター・クラーマー（Pieter Cramer、1721年 - 1776年）は、18世紀のオランダにおいて、経済的な成功を収めた商人であると同時に、熱心な博物標本の収集家として、特に蝶類研究に大きな功績を残した人物です。

アムステルダムで繊維商として財を成したクラーマーは、生涯独身でその邸宅に住みながら、博物学の世界に深く傾倒しました。彼はゼーラント州王立自然科学協会の理事長を務めるなど、当時の科学コミュニティにおいても一定の役割を果たしていました。彼の収集活動は多岐にわたり、昆虫、化石、鉱物など様々な標本を集めていましたが、中でも彼の情熱が注がれたのが蝶類でした。

オランダが世界各地に植民地を有していた時代背景のもと、クラーマーはスリナム、スリランカ、シエラレオネ、インドネシアといった遠隔地からも大量の蝶標本を入手し、自身のコレクションを飛躍的に拡大させました。そのコレクションの規模は膨大なものとなり、その記録と公開が彼のライフワークとなりました。

彼はこの貴重なコレクションを後世に残すため、画家ゲリット・ヴァルテナールに依頼し、一点一点の標本を精緻な細密画として描き起こさせました。さらに、当時のオランダにおける他の著名な蝶収集家たち、例えばオラニエ公ウィレム5世や、スリナム総督の息子であるヨアン・ラエ氏といった人々のコレクションからも図版制作を行い、その網羅性を高めました。これらの美しい博物画を広く世に問うため、クラーマーは豪華な図鑑として出版することを決意しました。

1775年、この記念碑的な図鑑は「De uitlandsche kapellen: voorkomende in de drie waereld-deelen Asia, Africa en America」（『異国の蝶：アジア、アフリカ、アメリカの三つの世界各地から』の意）と題され、予約購読の形式で刊行が始まりました。内容は、3ヶ月ごとに33枚の手彩色図版と、オランダ語およびフランス語による詳細な解説文が一組として頒布されるというものでした。この出版事業は1782年まで継続され、最終的に約1600種に及ぶ世界の蝶が掲載されました。これらの図版と解説は後に4巻の壮麗な書物としてまとめられました。

しかし、クラーマー自身は、この図鑑の完成を見届けることはできませんでした。1776年、図鑑の8回目の頒布が行われた直後に病のためこの世を去ったのです。彼の死後も、解説を担当していたキャスパー・ストールと出版社の手によって、図鑑の刊行は滞りなく進められ、無事に全巻が完結しました。

クラーマーの没後、彼の築き上げた膨大な博物標本コレクションは、売却や寄付などによって各地に分散されてしまいましたが、画家ヴァルテナールが制作したオリジナルの水彩画や、一部の貴重な標本は、現在もオランダのライデンにあるナチュラリス生物多様性センターに大切に所蔵されています。

彼の主要な著作は、博物学史上重要な位置を占める蝶類図鑑 "De uitlandsche Kapellen voorkomende in de drie Waereld-Deelen Asia, Africa en America - Papillons exotiques des trois parties du monde l'Asie, l'Afrique et l'Amerique" （アムステルダム、Baalde刊、1775–1782年）です。

もう一度検索