ファージディスプレイ

ファージディスプレイ（Phage display）は、特定のタンパク質やペプチドが別の標的物質（タンパク質、核酸、低分子など）とどのように相互作用するか、あるいはどのような分子と結合するかを研究するための強力なツールです。

この技術の根幹は、バクテリオファージという細菌に感染するウイルスを利用することにあります。調べたいタンパク質やペプチドをコードする遺伝子をファージの遺伝子に組み込むことで、そのタンパク質やペプチドをファージ粒子の表面に「提示（ディスプレイ）」させます。そして、この表面に提示された分子が標的物質に結合するかどうかを調べることによって、相互作用の有無や強さを検出します。

ファージディスプレイの大きな利点は、ファージ粒子の中に「表面に提示されたタンパク質（機能）」と「それを設計した遺伝子（情報）」がペアとして格納されている点です。これにより、標的に結合したファージを回収すれば、その結合能を持つタンパク質をコードする遺伝子を容易に特定し、増幅することが可能になります。これは、大量の候補の中から特定の機能を持つ分子を選び出す、いわゆる「スクリーニング」に非常に適した特性です。

同様に機能分子と遺伝子をペアで扱う技術として、後に開発されたインビトロウイルス法やリボソームディスプレイ法がありますが、ファージディスプレイはこれらの先駆けであり、現在でも広く活用されている確立された手法です。

技術の原理と手法

ファージディスプレイでは、主にM13ファージやfdファージといったタイプのバクテリオファージが使用されます。手法としては、まず目的のタンパク質またはペプチドの設計図となるDNA断片を用意します。このDNA断片を、ファージの外殻を構成する主要なタンパク質（コートタンパク質、例えばM13ファージのpIIIまたはpVIII）の遺伝子と連結させます。

この連結された遺伝子を含むファージDNAを大腸菌に導入し、タンパク質を発現させます。さらに、ヘルパーファージと呼ばれる、正常なコートタンパク質を供給する別のファージを感染させるか、またはコートタンパク質を発現するよう改変された大腸菌を用いることで、新しいファージ粒子が組み立てられます。この際、連結した遺伝子情報に基づいて、目的のタンパク質またはペプチドがファージ粒子の表面に組み込まれて放出されるのです。

多数の異なる候補タンパク質を同時にスクリーニングする場合、「ライブラリ」と呼ばれる多様な遺伝子配列のプールを用意し、それぞれをファージにディスプレイさせます。このライブラリの中から特定の標的に結合するファージを選抜・濃縮するプロセスを「アフィニティセレクション（親和性選択）」あるいは「インビトロセレクション（試験管内選択）」と呼びます。この選抜過程は、例えるなら「砂の中から砂金を洗い出す」作業に似ており、「パンニング（panning）」とも称されます。

パンニングの典型的な手順は以下のようになります。

1. 標的物質をマイクロプレートの底や磁気ビーズなどの表面に固定化する。
2. 目的のタンパク質をディスプレイした多様なファージライブラリを含む溶液を加え、標的とファージ表面の分子との結合を待つ。
3. 洗浄液で結合しなかったファージや非特異的に結合したファージを洗い流す。
4. 標的に特異的に結合したファージを、pHを変化させるなどの方法で溶出させて回収する。
5. 回収したファージを大腸菌に感染させて増幅させる。

この選抜・増幅のサイクルを数回繰り返すことで、標的に対してより強く、より特異的に結合するファージが段階的に濃縮されていきます。

応用分野

ファージディスプレイ技術は、生命科学や創薬研究において幅広い用途があります。

相互作用因子の探索: ある特定のタンパク質やDNA配列と結合する未知のタンパク質を、細胞や組織由来のcDNAライブラリなどを用いて探索する際に活用されます。
タンパク質間相互作用の解析: 網羅的なタンパク質間の相互作用ネットワークを調べる際にも利用可能ですが、偽陽性のリスクがより低いトゥーハイブリッド法がこの目的では好まれることもあります。
モノクローナル抗体の創製: 動物への免疫や、抗体産生細胞（ハイブリドーマ）を用いる古典的な方法によらず、抗体遺伝子のライブラリからファージディスプレイを用いて特異性の高いモノクローナル抗体を選抜・作製する技術が開発され、創薬分野などで非常に重要になっています。
タンパク質・ペプチドの機能改変・創出: 既存のタンパク質に特定の改変を加えたライブラリや、ランダムなアミノ酸配列からなるペプチドライブラリを用いて、標的への結合能やその他の望ましい機能を持つ分子を選抜し、人工的に改良・創出する、いわゆる「人工的進化」の研究にも広く応用されています。標的に特異的に結合するペプチドはペプチドアプタマーと呼ばれ、様々な用途が期待されています。

ファージディスプレイ