フェリックス・ハウスドルフ

フェリックス・ハウスドルフ（Felix Hausdorff, 1868年 11月8日 – 1942年 1月26日）は、ドイツの傑出した数学者です。彼の研究は、特に位相空間論や集合論の分野に決定的な影響を与え、現代数学におけるこれらの分野の基礎を確立しました。ユダヤ系であった彼は、ナチス政権下の迫害を受け、1942年、強制収容所への送致が決定された際、自らの命を絶ちました。

生い立ちと初期の歩み

1868年、当時プロシア領であったブレスラウ（現在のポーランド、ヴロツワフ）に、裕福なユダヤ系商人の家庭に生まれました。少年時代をライプツィヒで過ごし、家庭は敬虔な信仰を持っていましたが、ハウスドルフ自身は強い不可知論者となりました。若い頃から音楽に深い興味を持ち、作曲も学びました。大学（ライプツィヒ大学、フライブルク大学）では当初天文学を専攻し、1891年に博士号を取得します。一年間の兵役を終えた後、二年間は天文台で計算手として勤務し、そこで大学の教職に就くための資格を得ました。初期に発表した論文は、すぐに学術界の注目を集めるものではありませんでした。

1899年には、ルター派の信仰を持つ医師の娘、シャルロッテ・シュミットと結婚し、一女をもうけました。

数学者への転向とキャリア

やがてハウスドルフの関心は数学へと移り、条件付き確率や保険数学への応用に関する論文を発表した後、その研究の中心は集合論と位相空間論へと定まりました。これらの分野は、彼の生涯にわたる主要な研究対象となります。彼は集合論の入門的な講義を行いながら、後に大きな体系となる集合論の研究を深めていきました。

1901年、ライプツィヒ大学の教授となりますが、大学内の公然とした反ユダヤ主義的な風潮により、その後の昇進の機会は限られていました。数学研究の傍ら、彼は文学や芸術のサークルに積極的に参加し、知的な交流を深めました。

経済的には教職に頼る必要はありませんでしたが、より快適な環境と科学者としてのキャリアパスを求め、1910年にはボン大学、1913年にはバルト海沿岸のグライフスヴァルト大学で教授職を得ました。

主要な業績

1914年に出版された著書『集合論基礎』(Grundzüge der Mengenlehre) は、集合論の古典的かつ標準的な教科書となり、後世の研究に多大な影響を与えました。この書物の中で、後に「ハウスドルフのパラドックス」として知られる興味深い結果が示されました。このパラドックスは、後に出版されたバナッハ＝タルスキーのパラドックスの証明においても重要な役割を果たしました。

グライフスヴァルトは当時の学術の中心地から比較的孤立しており、彼が大学で唯一の数学者でした。第一次世界大戦後、彼の研究は解析学にも及びます。特に1914年に導入した位相空間の次元概念であるハウスドルフ次元や、点集合の外測度であるハウスドルフ測度に関する研究は、後のフラクタル幾何学の理論構築に不可欠な役割を果たしました。

1921年にボンに戻り、1923年には自身の測度論を公理的確率論に応用するなど、幅広い分野で活躍しました。ハウスドルフの論文や著作は、その明快さとエレガントな記述で知られています。人柄は鋭敏な知性とは裏腹に穏和で、周囲から深く敬愛されていました。彼の代表作である『集合論基礎』は、内容を改訂し、『集合論』と改題されて1927年および1935年に再版されています。

晩年と悲劇的な最期

1935年に大学を退官した後も、ドイツ国内に留まることを選びました。ナチズムの台頭と共に情勢が悪化し、多くの同僚や学生が国外へ逃れたり戦死したりする中で、彼はボンに留まり続けました。

しかし、ユダヤ人に対する迫害は激化し、1942年、ハウスドルフとその家族にも強制収容所への送致が決定されました。この過酷な運命を受け入れることを拒み、フェリックス・ハウスドルフは妻、そして妻の妹と共に、自らの命を絶つという悲劇的な最期を選びました。

ハウスドルフの生涯は、数学への貢献と、時代がもたらした悲劇の物語として記憶されています。彼の生み出した数学的な概念は、今日でも多くの分野で基本的なツールとして用いられており、その業績は永遠に数学史に刻まれています。

関連概念

ハウスドルフ空間
ハウスドルフ測度
ハウスドルフ次元
ハウスドルフのパラドックス
* バナッハ＝タルスキーのパラドックス

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