フランス・ドゥ・ヴァール

フランス・ドゥ・ヴァール（Frans de Waal、1948年10月29日 - 2024年3月14日）は、オランダに生まれた、心理学、動物行動学、動物学の分野で多大な業績を残した人物です。

霊長類の行動研究において、彼は世界的に最も権威ある研究者の一人としてその名を馳せました。ヤン・ファン・ホーフやカレル・ファン・シャイクといった著名な学者に師事し、特にヤン・ファン・ホーフの「人の笑いの二起源説」は彼の研究姿勢にも影響を与えたと考えられています。

特に、代表的な著作である『チンパンジーの政治学』（原題：Chimpanzee Politics）は世界的なベストセラーとなり、彼の名を広く知らしめました。この著作は、チンパンジーの社会における権力闘争や駆け引き、和解の行動などを詳細に描き出し、人間の政治や社会構造との類似性を示唆する内容で、多くの読者に衝撃と示唆を与えました。

ドゥ・ヴァール氏の研究は、単なる動物の観察にとどまらず、人間の本性や社会性の根源を探るものでした。晩年は、アメリカ合衆国ジョージア州にあるエモリー大学で、霊長類行動学のチャールズ・ハワード・キャンドラー教授として教鞭を執りました。また、同大学に設立された、類人猿と人類の進化に関する最先端の研究拠点であるリビング・リンクス・センターの所長も兼任し、研究の指揮を執りました。

彼の研究の核心の一つは、人間の複雑な道徳的行動や、公平さ・正義といった概念の源泉を、ゾウやサル、そして類人猿などの社会性を持つ動物の行動の中に見出そうとするものでした。ドゥ・ヴァール氏は、こうした動物たちの行動に、人間が持つ道徳性の進化的な基盤が存在すると強く主張し、道徳の起源や普遍性を論じる上で、必ずしも宗教的な説明に頼る必要はないとの革新的な見解を示しました。彼の研究は、動物たちが見せる共感、協力、葛藤、そして仲直りといった行動を丁寧に記述し、これらの行動がどのようにしてより複雑な社会規範や道徳へと発展しうるのかを論じました。日本の霊長類学における、動物の行動や感情を人間になぞらえて理解しようとする「擬人主義」的なアプローチに対しても、一定の理解を示す立場をとっていたことも知られています。

その優れた学術的業績は高く評価され、1993年には出身国であるオランダの王立芸術科学アカデミー会員に、2004年にはアメリカ合衆国の米国科学アカデミー会員に選出されるなど、世界的な栄誉に輝きました。さらに、2007年には、タイム誌によって「世界で最も影響力のある100人」の一人に選ばれるなど、学術界の枠を超えてその存在感を示しました。

『政治をするサル』、『利己的なサル、他人を思いやるサル』、『共感の時代へ』、『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』など、多くの著作を通じて、彼の画期的な研究成果と思想は世界中に広まり、霊長類学だけでなく、心理学、哲学、倫理学といった多様な分野に影響を与えました。

しかし、その精力的な研究活動は終わりを告げました。2024年3月14日、長年居住したアトランタにて、転移性胃がんのため75歳で永眠しました。フランス・ドゥ・ヴァール氏の死去は、世界の科学界にとって大きな損失であり、彼の残した業績は今後も多くの研究者にインスピレーションを与え続けるでしょう。

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