フリッツ・コルトナー

フリッツ・コルトナー（Fritz Kortner）は、1892年5月12日にオーストリアの首都ウィーンで生を受けた、20世紀前半を中心に活躍した著名な俳優です。1970年7月22日にその波乱に満ちた生涯を閉じるまで、彼は主に舞台と映画の世界で、強烈な個性と演技力をもって観客を魅了し続けました。

俳優としての彼のキャリアの基盤は、隣国ドイツで築かれました。ヴァイマル共和政期のドイツ演劇界において、フリッツ・コルトナーは重要な存在でした。特に表現主義演劇の分野でその才能を発揮し、力強く内面を抉り出すような演技で高い評価を得ました。彼の舞台での成功は、やがて映画界へと彼を導きます。サイレント映画の時代からトーキーへと移行する激動期において、彼は数多くのドイツ映画に出演しました。初期の代表作としては、ロベルト・ヴィーネ監督の怪奇映画『戦く影』（1923年）、モーリス・ルルーの小説を映画化した『芸術と手術』（1924年）、ドイツ映画史上の傑作とされるゲオルク・ヴィルヘルム・パプスト監督の『パンドラの箱』（1929年）などが挙げられます。『パンドラの箱』では、妖婦ルル（ルイーズ・ブルックス）に取り憑かれたかのような男性の一人を演じ、その強烈な存在感をスクリーンに刻みつけました。

しかし、彼の順調なキャリアは、当時のヨーロッパを覆い始めた暗い影によって中断されます。フリッツ・コルトナーはユダヤ人でした。1933年にアドルフ・ヒトラー率いるナチス党がドイツで政権を掌握すると、ユダヤ人に対する組織的な迫害が開始されました。多くのユダヤ系芸術家や知識人たちが危険を感じ、国外への脱出を余儀なくされます。コルトナーもその一人でした。彼は迫りくる危険を避け、故郷であるウィーンへ一度避難しますが、オーストリアも安全ではないと判断し、さらなる亡命を決意します。彼はイギリスを経由し、最終的に大西洋を越えてアメリカ合衆国へと渡りました。この亡命は、彼の人生とキャリアにおける最大の転換点となりました。慣れ親しんだ環境を離れ、異国の地で新たな生活を始めることは、容易なことではありませんでした。

アメリカへ亡命した後も、フリッツ・コルトナーは俳優として活動を続けました。ハリウッドの映画産業の中で、彼はドイツ時代とは異なる役柄や環境に適応する必要がありました。亡命後の出演作としては、W・サマセット・モームの同名小説を映画化した『剃刀の刃』（1946年）があります。この作品では、主人公を取り巻く様々な人物の一人として、彼の円熟した演技を見ることができます。また、亡命期間中には、イギリスで制作されたと見られる映画『朱金昭』（1934年）にも出演しています。これは、亡命ルート上での活動を示唆しています。

彼の出演作品リストは、彼のキャリアの長さと幅広さを物語っています。特に興味深いのは、フョードル・ドストエフスキーの長編小説『カラマゾフの兄弟』の異なる映画化作品に二度出演していることです。1921年のドイツ映画『カラマゾフの兄弟』ではフョードル役を、そして1931年のドイツ映画『カラマゾフの兄弟』（Der Mörder Dimitri Karamasoff）ではディミトリ役を演じました。これは、同じ原作の異なる解釈において、全く異なる役柄を演じ分けた彼の卓越した演技力と多才さを示すエピソードと言えるでしょう。他にも、『亡国病患者』（1926年）、『マタ・ハリ』（1927年）など、当時の重要な作品に名を連ねています。

フリッツ・コルトナーの生涯は、芸術家としての探求心と、時代の暴力的な波に翻弄された人間の苦難の両方を含んでいます。彼は単に優れた俳優であっただけでなく、ナチズムという暗黒の時代を生き延び、異国の地で再びキャリアを築き上げた不屈の精神の持ち主でもありました。彼の残した作品群は、20世紀初頭のヨーロッパ映画史、特にヴァイマル期ドイツ映画の貴重な資料であり、彼の個性的な演技スタイルは後世の俳優たちにも影響を与え続けています。彼の波乱に満ちた生涯と芸術的遺産は、今日においても多くの人々に記憶され、研究されています。

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