ブルーノ (チンパンジー)

ブルーノ (大型チンパンジー)

ブルーノ（Bruno、1986年 - ）は、西アフリカのシエラレオネ共和国に生息していた大型のチンパンジーです。特に、2006年に発生した保護区からの脱走とそれに伴う人間への襲撃事件の中心的存在として知られています。事件後、多くの仲間が捕獲される中、ブルーノはいまだ発見されていません（2025年現在）。

事件の背景

事件が発生した背景には、シエラレオネの複雑な社会状況がありました。国の貧困に苦しむ一部住民は、外貨獲得のため幼いチンパンジーを捕獲・販売していました。この際、商品価値の低い親は殺害されるのが一般的でした。チンパンジー親子を密猟から守るため、シエラレオネ政府は保護区を設定しましたが、住民による無計画な森林伐採が進み、チンパンジーが人間から隠れて生活できる環境が失われつつありました。

生い立ち

ブルーノは1988年頃、シエラレオネの首都フリータウンから北に約150キロ離れた村の市場で、幼く衰弱した状態で売られているところを保護区の経理職員であったバーラ・アマラセカラン夫妻によって20ドルで購入されました。夫妻は、もし購入しなければ衰弱死していただろうと考え、元気になってほしいとの願いを込めて、当時活躍していたイギリスのヘビー級ボクサー、フランク・ブルーノにちなんで「ブルーノ」と名付けました。

生後数年間は夫妻の自宅で檻に入れずに飼育されていましたが、二匹目のチンパンジー、ジュリーを引き取ったことで手狭になり、庭に設置した檻で二匹を収容するようになりました。保護地が正式に設けられた後、大きく成長したブルーノは他のチンパンジーとは別に檻に留め置かれましたが、1998年には電気フェンスで囲われた広い敷地に移されました。

身体能力と知力

成長したブルーノは、体長約180cm、体重90kg超という、平均的なオスチンパンジー（体長約85cm、体重40-60kg）をはるかに上回る巨体を誇りました。口腔には約5cmの犬歯を有していました。その巨大な体躯、圧倒的な体力、優れた運動能力、そしてリーダーシップによって、彼は所属する群れのボスとして君臨しました。

チンパンジーの投擲能力は一般的に限られているとされますが、ブルーノは例外でした。気に入らない観客に対し、糞や様々な大きさの石を正確に投げ当てることができたと言われています。

保護区からの脱走

チンパンジーの生育地は二重のフェンスと電気柵で囲まれ、出入りには複数の鍵の開錠が必要でした。保護区の管理側は、チンパンジーが人間の行う複雑な開錠手順を理解できず、電気ショックによる条件付けで集団を完全に管理できると信じていました。しかし、チンパンジーたちは日頃から人間がゲートの鍵を開ける様子を観察し、学習していました。2006年、ブルーノは仲間のチンパンジーたちと協力してゲートの開錠に成功し、部下を連れて保護区からの脱走を果たしました。

保護区職員らは当初、脱走したチンパンジーたちが野生の集団に合流し、溶け込むだろうと楽観視していました。しかし、人間に育てられた彼らは野生のチンパンジー社会に適応することができませんでした。

人間への襲撃事件

2006年4月23日、保護区から約3キロ離れた場所で建設中の米国大使館関連施設の視察に訪れたアメリカ人労働者3名とシエラレオネ人1名が、タクシーで移動中に暗い藪道の脇に潜むチンパンジーの群れを発見しました。危機を理解せず、好奇心から写真を撮ろうとした彼らを、運転手はチンパンジーの危険性を知っていたため、ただちに制止し窓を閉めるよう指示しました。しかし、恐怖から運転操作を誤り、車は保護区のゲートに突っ込み動けなくなってしまいました。

この状況に乗じ、ブルーノは車のフロントガラスを叩き割り、運転手を引きずり出しました。彼は運転手の首根っこを掴み、頭部を地面に何度も打ち付けて失神させると、手足の指の爪を剥がし、さらにすべての指を噛みちぎって切断しました。抵抗できない状態にした後、生きたまま顔面を食いちぎり、死に至らしめたのです。

残りの4人は散り散りに逃走しましたが、恐怖で判断力を失った彼らは、チンパンジーの狩猟本能のままに追い詰められました。被害状況から、チンパンジーたちは常に自分たちを迫害してきた現地人（黒人）と、外来者（白人）を区別し、主に現地人に対してより強い憎悪を示したと推測されています。シエラレオネ人の被害者は腕に重傷を負い、後に切断を余儀なくされました。これらの凄惨な出来事は、わずか45分間の間に発生しました。

事件後の対応と捜索

事態の重大さに直面したシエラレオネ政府は迅速に対応に乗り出しました。これは被害者に主要経済援助国であるアメリカの国民が含まれていたことも影響したと考えられています。政府は直ちに警察を現場に派遣し、脱走したチンパンジーの捜索を開始しましたが、発見には至りませんでした。警察は住民に対し、チンパンジーに遭遇しても近づかないよう警告するに留まりました。

政府の対応に苛立った住民は、怒りと恐怖から暴動状態となり、警察は鎮静化のため威嚇射撃を行わざるを得ませんでした。事態を重く見た政府は、自動小銃で武装した兵士からなる増援部隊を派遣し、作業員を厳重に警護しながら一帯の植生を刈り取り、森林と居住地域間に緩衝地帯を設けました。保護区当局も赤外線感知カメラを設置してチンパンジーの動向を追跡しましたが、効果は限定的でした。

脱走したチンパンジーのその後と現在の状況

一時的に自由を得たチンパンジーたちでしたが、野生で生きる術を知らなかったため、野生の集団に受け入れられることはありませんでした。やがて窮地に陥り、9匹は自ら保護区に戻りました。結果的に合計27匹が捕獲されましたが、ブルーノを含む4匹はいまだ捕獲されていません。ブルーノの姿は自動カメラに複数回記録されていますが、現在も彼の行方は不明のままです。

ブルーノの伝説化

この事件はシエラレオネ国内外で大きな注目を集めました。当時の観光大臣オケレ・アダムスは、チンパンジーの捕獲ではなく保護区への連れ戻しが目的であると強調しました。AFP通信に対し、警察もチンパンジーを傷つける意図はないと声明を出しています。一方で、ブルーノに関する書籍も出版されており、特にポール・グリン神父は著書『King Bruno』で彼に対して同情的な記述を残しています。ブルーノは、人間との関係の中で悲劇的な運命をたどった象徴的な存在として語り継がれています。

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