ブロワ条約 (1572年)

ブロワ条約

ブロワ条約（英語: Treaty of Blois、フランス語: Traité de Blois）は、1572年4月19日にフランス中部の都市ブロワにおいて締結された、イングランド王国とフランス王国の間の重要な外交協定である。この条約は、イングランド女王エリザベス1世と、当時のフランス王シャルル9世の摂政であった母カトリーヌ・ド・メディシスとの間で合意された。長年にわたり対立関係にあった両国が、共通の国際政治上の脅威に対抗するため、一時的に手を結んだ点が特筆される。

締結の背景

16世紀後半のヨーロッパは、宗教改革の余波によるカトリックとプロテスタントの対立、そしてスペイン王フェリペ2世率いるハプスブルク家の勢力拡大という二重の緊張に覆われていた。スペインは広大な植民地帝国に加え、ネーデルラントやイタリア南部をも支配下に置き、その経済力と軍事力は他の追随を許さないものだった。特に、スペイン領ネーデルラントではプロテスタント弾圧と重税に反発する民衆の反乱（後の八十年戦争）が続いており、この問題は周辺国、特に地理的に近いフランスとイングランドにとって無視できないものとなっていた。

イングランド女王エリザベス1世はプロテスタントであり、国内のカトリック勢力からの抵抗に加え、大陸のカトリック大国であるスペインからの脅威に常に直面していた。スペインは、エリザベス1世をカトリックであるスコットランド女王メアリー・スチュアート（当時はイングランドに幽閉）の廃嫡者とみなし、イングランドへの干渉を試みていた。エリザベス1世にとって、スペインの勢力拡大を抑え、自国の安全保障を確立することは喫緊の課題であった。

一方、フランス王国は、国内でカトリックとプロテスタント（ユグノー）の間で激しい内戦（ユグノー戦争）が断続的に発生しており、国力が疲弊していた。摂政カトリーヌ・ド・メディシスは、複雑な国内情勢を収拾しようと努める傍ら、強大化する隣国スペインへの警戒を強めていた。スペインはユグノー派への支援を匂わせるイングランドを牽制しつつ、フランス国内への影響力拡大を図っていたため、フランスもまた対スペイン戦略を再考する必要に迫られていた。

条約の主な内容と目的

このような背景のもと、イングランドとフランスは長年の敵対関係を一時的に棚上げし、共通の脅威であるスペインに対抗するための同盟締結へと向かった。ブロワ条約の最も重要な点は、両国間の相互防衛を約束した防御同盟を樹立したことである。もし一方がスペインからの攻撃を受けた場合、他方は軍事的な支援を行うことを約した。これにより、スペインに対する国際的な連携が成立した。

エリザベス1世の主な目的は、この同盟を通じてスペインを孤立させることにあった。当時、イングランドは単独でスペインに対抗するには国力が不十分であり、フランスとの協調は不可欠だった。また、エリザベス1世は、フランスがネーデルラントの反乱に乗じて直接的に介入し、その地域を自国の影響下に置くことを強く懸念していた。ブロワ条約にフランスを引き込むことで、スペインへの共同対抗という名目のもと、フランスのネーデルラントへの単独行動を牽制し、現状維持を図る意図があったとされる。ネーデルラントはイングランドにとって重要な貿易相手であり、戦略的要衝でもあったため、その支配権がフランスに移ることは避けたい事態だった。

フランス側の目的としては、スペインからの圧力を軽減し、国際的な地位を維持・向上させることにあった。また、ユグノー戦争の終結に向けて、ユグノー派を支援するイングランドとの関係を改善することも目的の一つだったと考えられる。摂政カトリーヌ・ド・メディシスは、カトリック国であるスペインに対抗するためにプロテスタント国のイングランドと同盟するという、当時の常識からすれば大胆な外交政策を進めた。

条約の意義とその後

ブロワ条約は、伝統的に敵対してきたヨーロッパの二大国、イングランドとフランスがスペインという共通の脅威に対抗するために結んだ画期的な同盟であった。これにより、スペインは英仏両国を同時に敵に回す可能性に直面し、国際的に孤立する外交的な圧力を受けた。

しかしながら、この同盟の効果は限定的で、その寿命は短かった。条約締結からわずか数ヶ月後の1572年8月、フランス国内でサン・バルテルメの虐殺が発生した。これはカトリックがユグノー派を大規模に殺害した事件であり、フランス国内の宗教対立は再び激化し、ユグノー戦争は泥沼化の様相を呈した。この事件を受けて、イングランドとフランスの関係は急速に悪化した。プロテスタントであるエリザベス1世はカトリックによるユグノー弾圧を強く非難し、フランス国内の混乱により、フランスはスペインとの対抗どころではなくなった。

結局、ブロワ条約に基づく英仏の共同軍事行動は実現せず、スペインの孤立化というエリザベス1世の当初の狙いは十分に達成されなかった。フランスは再び内政の混乱に沈み、イングランドはスペインとの対立を単独で深めていくことになる。特に、ネーデルラント問題に関しては、イングランドはフランスを頼ることができず、単独あるいはネーデルラントの反乱軍への限定的な支援を通じて対応せざるを得なくなった。ブロワ条約は、激動の16世紀後半ヨーロッパにおける勢力均衡の試みとして重要な事例ではあるが、その後の歴史の流れを大きく変えるほどの永続的な影響力は持たなかったと言えるだろう。

関連項目

ユグノー戦争
サン・バルテルメの虐殺
八十年戦争（ネーデルラント反乱）
エリザベス1世
カトリーヌ・ド・メディシス
フェリペ2世

参考文献

Harper, Sally (2005). 'A Dittie to the tune of Welsh Sydannen': a Welsh image of Queen Elizabeth. Renaissance Studies: Volume 19, Issue 2, pp. 201-228.
Martin, Lynn A. (Summer, 1980). Papal Policy and the European Conflict, 1559-1572. Sixteenth Century Journal: Volume 11, No. 2, Catholic Reformation, pp. 35–48.

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