プリアムーリエ号火災事故

1988年（昭和63年）5月18日未明、日本の大阪港に停泊していた旧ソビエト連邦の旅客船「プリアムーリエ号」で発生した痛ましい火災事故です。この悲劇により11名の命が失われ、35名が傷を負いました。この事故は、当時の国際情勢も背景に、いくつかの課題を浮き彫りにしました。

プリアムーリエ号について

プリアムーリエ号は、ソ連極東船舶公団に所属する全長約122メートル、幅約16メートル、総トン数4,870トンの旅客船でした。1960年に東ドイツで建造され、ソビエト連邦のウラジオストク港を船籍港としていました。船内は7層構造で、機械室、客室、レストラン、会議室、操舵室などが配置されていました。

事故当時、プリアムーリエ号は国際親善を目的とした航海の途上にあり、ウラジオストク、小樽、東京を経て、5月17日午前9時頃に大阪港中央突堤北岸壁に着岸していました。乗員129名と乗客295名、合わせて424名を乗せており、大阪寄港後は広島、長崎、金沢への航海が予定されていました。

火災の発生と初期対応

火災は、1988年 5月18日午前1時20分頃に発生したとみられています。場所は、船が岸壁に係留されているセカンドデッキ左舷側の346号室と推定されています。当時、この部屋で就寝中だった乗客が煙で目覚め、窓辺から炎が上がっているのを確認しました。手近な毛布で消火を試みましたが、火の勢いは強く失敗に終わりました。

初期消火に失敗した乗客は部屋から脱出し、当直の乗員に火災を通報しました。通報を受けた乗員は船外に出て岸壁の火災報知機を作動させ、さらに宿直のガードマンに連絡。そこから水上警察署を経て水上消防署へと通報が伝わりました。船内では自動火災報知機が作動し、船内放送で火災室が報じられ、消火班の出動が指示されました。しかし、日本側当局への火災通報は、発生から約40分近くが経過した後となりました。

懸命な消火・救助活動

大阪市消防局の消防隊が現場に到着したのは午前1時57分頃でした。到着時、船体はすでに濃い煙に包まれ、窓や開口部からは炎が噴き出し、船全体が激しく燃えている状態でした。消防隊が駆けつけた時点ですでに約120名が岸壁へ避難しており、タラップからも多くの人々が避難を続けていました。セカンドデッキの舷窓から助けを求める人々に対しては、岸壁からはしごをかけて救助が行われました。また、岸壁と反対側の左舷側にいた人々を救助するため、消防艇が接舷し、救助隊員が船内に入って避難誘導にあたるなど、緊迫した状況下で多様な救助活動が展開されました。船首の係留ロープを伝ったり、窓から海に飛び込んだりして避難する人もいました。

船舶特有の複雑な通路や狭い区画、そして猛烈な煙と熱気は、船内への進入と消火活動を極めて困難にしました。主に船外からの放水が行われましたが、大量の放水による船体のバランス崩壊を防ぐため、放水と排水が断続的に繰り返されました。泡消火も併用されましたが、火の勢いは衰えず、最終的に鎮火までに要した時間は17時間にも及びました。この消火活動には、消防や海上保安庁から多数の船舶、航空機、人員が出動しました。

被害状況と火災原因の調査

この火災による犠牲者は11名に上り、いずれも短時間での焼死とみられています。死者の多くはセカンドデッキで発見されました。負傷者は35名でした。船体の焼損面積は合計で約1,595平方メートルに及び、船の上層階を中心に広範囲に被害が及びました。火は階段や送風ダクトなどを主な経路として急速に拡大したと推定されています。

火災後の調査では、出火元とみられる346号室の窓辺付近が詳細に調べられました。火種となりうる可能性のあるものとして、電気湯沸かし器や喫煙関連器具が挙げられましたが、残念ながら具体的な出火原因は特定できませんでした。しかし、当時の船内内装に使用されていたカーテンやベニヤ板などの建材が燃えやすい性質を持っていたことが、火災が短時間で広範囲に拡大した主要因の一つと指摘されました。消火設備や自動火災報知機などは備えられていましたが、初期消火の遅れや、一部防火扉の作動遅延などが被害を拡大させたとみられています。特に、火災の発生を日本側当局へ通報する遅れが、被害を甚大にした最大の要因であると結論付けられました。

事故後の対応と国際間の課題

事故後、日本側当局は関係者への事情聴取等による捜査を進めましたが、出火原因を特定するに至らない中で、乗員・乗客はソ連の船で帰国し、損傷したプリアムーリエ号自体も曳航されてソ連へ戻されました。これにより、日本側での捜査は事実上打ち切りとなりました。

当時、ソビエト連邦は、商業目的で運航される政府船舶であっても外国の管轄権から絶対に免除されるという立場を主張しており、日本側が捜査権・裁判権を有するという立場と対立しました。ソ連総領事との協議の結果、日本側は限られた条件下で船内調査や関係者への事情聴取を行うこととなりましたが、最終的に原因特定には至らず、また被害者の早期帰国要望や当時のミハイル・ゴルバチョフ書記長の訪日問題を懸念したことなどから、船体と関係者の出国が容認されました。

ソ連側での捜査と判決

日本側から提供された捜査資料などを基に、ソ連側で捜査が進められました。事故から約1年後の1989年3月、ソ連最高裁判所は、火災は346号室の乗客の過失によって発生したと認定し、該当の乗客に対し、強制労働2年間と賃金の一部徴収という判決を下しました。これは、当時国際刑事警察機構に加盟していなかったソ連と日本の間で捜査共助が実現した初の事例とされています。

慰霊碑

事故から3年後の1991年、犠牲者の遺族によって制作されたブロンズ像が大阪市に贈られ、事故現場に近い寺院に安置されました。像は劣化が進んだため2011年に撤去されましたが、現在は代わりに像のパネルを飾った石碑が大阪港の事故地点を見守る場所に設置されています。

このプリアムーリエ号火災事故は、船舶における初期消火・避難体制、内装材の防火基準、そして国際的な船舶事故における捜査協力のあり方など、多くの教訓を残しました。

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