ヘルクレス座・かんむり座グレートウォール

ヘルクレス座・かんむり座グレートウォール

ヘルクレス座・かんむり座グレートウォール（Hercules-Corona Borealis Great Wall）とは、広大な銀河の集合体が網の目のように連なる「銀河フィラメント」と呼ばれる宇宙の大規模構造の一つです。その長さは驚異的な100億光年にも及び、2021年時点で確認されている宇宙の大規模構造の中では、最も巨大な存在として知られています。

発見の経緯

この巨大構造の存在は、イシュトヴァン・ホルヴァート氏、ジョン・ハッキラ氏、ジョルト・バゴリー氏らの国際共同研究チームによって発見されました。彼らは、遠方宇宙で発生するガンマ線バースト（GRB）の空間的な分布に注目し、2012年7月までに観測された283個のガンマ線バーストのデータを詳細に分析しました。ガンマ線バーストは宇宙論的な距離にある天体で発生することが多く、その分布から宇宙の大規模構造を探る手がかりとなります。

分析の結果、特定の赤方偏移範囲（1.6から2.1、これは距離にしておよそ150億4900万光年から176億7500万光年に相当します）において、ガンマ線バーストが統計的に有意な偏りを示していることを発見しました。特に、この範囲の31個のバーストのうち、18個が天球上の特定の領域に集中していたのです。統計的な分析（二標本コルモゴロフ-スミルノフ検定や二項確率計算など）を行った結果、この偏りが偶然である確率は極めて低い（0.05%未満、あるいは二項確率で約0.0000055）ことが示され、そこに巨大な構造が存在する蓋然性が強く裏付けられました。

この発見に基づき、研究チームは今からおよそ100億年前、すなわち宇宙誕生から約38億年後の宇宙に、巨大な銀河フィラメントが存在したと推定しました。研究論文は2013年11月に発表され、その位置する天球上の方向がヘルクレス座とかんむり座の領域にあたることから、ヘルクレス座・かんむり座グレートウォールと命名されました。

驚異的な規模

ヘルクレス座・かんむり座グレートウォールの規模は想像を絶するほど巨大です。ガンマ線バーストの分布から推定されるサイズは、長さが最大で100億光年、幅が72億光年にも及びます。これは、それまで知られていた他の巨大構造、例えば2003年に発見されたスローン・グレートウォール（約13億7000万光年）や、当時発見されたばかりだった大クエーサー群U1.27（約40億4000万光年）と比較しても、桁違いの大きさです。その長さは、現在の観測可能な宇宙全体の直径（約930億光年）の約10.7%に匹敵するとされています。

宇宙論への影響

ヘルクレス座・かんむり座グレートウォールの発見は、現在の宇宙物理学や宇宙論における基本的な仮定、特に「宇宙原理」に大きな影響を与えるものです。現在の標準的な宇宙論モデルでは、ビッグバン後の初期宇宙における微小な揺らぎから大規模構造が形成されたと考えられていますが、この理論が予測する大規模構造の最大サイズは、およそ12億光年程度とされていました。ところが、ヘルクレス座・かんむり座グレートウォールはこの理論的限界をはるかに超える規模を持っているのです。

さらに、宇宙原理とは、宇宙は十分に大きなスケールで見れば、どの場所、どの方向を見てもほぼ同じような状態である（均一かつ等方的である）という仮定です。この巨大構造は、観測可能な宇宙全体の大きさと比較してもあまりに巨大かつ偏った存在であり、この宇宙原理に反する不均一性を示唆しています。これは、宇宙の成り立ちや構造形成に関する現在の理論モデルが、まだ完全に正確ではないか、あるいは宇宙が我々の想像以上に複雑な様相を呈している可能性を示唆しています。これらの問題は、U1.27のような他の大規模構造の発見時にも議論されましたが、ヘルクレス座・かんむり座グレートウォールはそれらをも凌駕するサイズであるため、より深刻な問いを突きつけています。

また、このグレートウォールが存在していたのは、今から遡ることおよそ100億年前、つまり宇宙誕生からわずか約38億年しか経っていない初期宇宙の時代です。宇宙論において、これほど巨大な構造が、宇宙の比較的初期の段階で、どのようにして形成され得たのかは大きな謎です。既存の宇宙進化モデルだけでは説明が難しく、理論の根本的な見直しや新たな物理法則の導入が必要になる可能性も指摘されています。

今後の展望

ヘルクレス座・かんむり座グレートウォールは、宇宙最大級の謎の一つとして、宇宙論研究者に新たな探求の方向性を示しています。研究チームは、今後さらに多くのガンマ線バーストの観測データを収集し、その分布を詳細に分析することで、この謎めいた巨大構造のさらなる解明を目指しています。その詳細が明らかになるにつれて、宇宙の進化や構造形成に関する我々の理解は大きく変わる可能性があります。

関連項目

U1.27
ジャイアント・ボイド
観測可能な宇宙
ガンマ線バースト

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