ヘルマン・ムテジウス

ヘルマン・ムテジウス（Adam Gottlieb Hermann Muthesius, 1861年 4月20日 - 1927年 10月29日）は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したドイツの重要な建築家です。彼は特に、工芸や建築における近代化の推進力となったドイツ工作連盟の中心的人物として、その名を広く知られています。

エアフルト近郊のグロースノイハウゼンに生まれたムテジウスは、建築家であった父の影響を受け、大学で建築を専攻しました。彼のキャリアの初期には、極東の地、日本での活動も含まれます。

日本での経験

1887年から1890年にかけて、ムテジウスは明治政府が推進した官庁集中計画に建築技師として参加しました。これはヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンというドイツの著名な建築家による大規模な計画で、その成果の一つとして現在も東京霞が関に残る法務省本館（旧司法省庁舎）の赤煉瓦棟の建設にも彼は関わっています。また、1897年には東京府麹町に、日本で初めてドイツ系プロテスタント教会として建てられた教会堂の設計も手がけました。この建物は残念ながら関東大震災で焼失しましたが、その後の東郷坂教会の前身となりました。

イギリスからの影響と「イギリスの住宅」

日本での勤務を終えた後、ムテジウスはプロイセン政府の官吏としてロンドンのドイツ大使館に勤務しました（1896年 - 1903年）。この英国滞在中に、彼はウィリアム・モリスらが推進したアーツ・アンド・クラフツ運動に深く触れ、大きな影響を受けます。職人の手仕事と芸術性を尊重するこの運動は、その後の彼の思想形成に決定的な役割を果たしました。

英国での知見をもとに、ムテジウスは1904年に記念碑的な著作『イギリスの住宅』（Das englische Haus）を刊行しました。この書は、イギリスの住宅建築やデザイン、そしてアーツ・アンド・クラフツ運動をドイツに紹介する上で極めて重要な役割を果たし、彼自身もアーツ・アンド・クラフツの紹介者として広く認知されることとなりました。

ドイツ工作連盟と規格化論争

1907年、ムテジウスはドイツ産業のさらなる発展と品質向上を目指し、ドイツ工作連盟の設立に主要な役割を担いました。この連盟は、芸術と産業、工芸と生産の融合を図り、ドイツ製品のデザイン水準を高めることを目的としていました。連盟は展覧会の開催や出版活動を通じて、その理念を広めました。

しかし、連盟内部では、工業生産における「規格化」の重要性を主張するムテジウスと、芸術家の個性的な創造性をより重視するヘンリー・ヴァン・デ・ヴェルデらとの間で意見の対立が生じました。この対立は、1914年のケルンで開催された工作連盟展において表面化し、有名な「規格化論争」へと発展しました。ムテジウスは効率的な大量生産と品質の均一化のために規格化が不可欠だと考えましたが、ヴァン・デ・ヴェルデは芸術家の自由な表現を制約するものとしてこれに反発しました。この論争は、近代デザインや工業生産における芸術と技術の関係について、後世に大きな影響を与えました。

建築作品と庭園への関心

建築家としてのムテジウスは、特に郊外住宅の設計を多く手がけました。また、当時の最先端技術であった無線通信に関連し、1920年にはブランデンブルク州にナウエン無線電信局を竣工しています。

ムテジウスは建築だけでなく、庭園設計にも強い関心を持っていました。18世紀に確立された風景式庭園が19世紀に入り転換期を迎える中で、建築家が造園分野に進出し始め、その作品に注目が集まるようになります。イギリスの建築家レギナルド・プロムフィールドは、著書「The Formal Garden in England」（1892年）で風景式庭園の非合理性や自然模倣を厳しく批判しましたが、ムテジウスはこのプロムフィールドの思想をドイツに導入しました。これにより、ベルリンの公園監督者グスタフ・マイヤーを中心とする、伝統的なレンネ・マイヤー学派との間で激しい論争が巻き起こりました。当時の状況を知る人物は、「造園家が不満を表明すればするほど、建築家は庭園をより強く自らの領域として占有していった」と述べており、この論争が建築家による造園への影響力を強める一因となったことがうかがえます。

ヘルマン・ムテジウスの活動は、単なる建築設計にとどまらず、工芸、産業、デザイン、そして庭園といった幅広い分野に及びました。ドイツ工作連盟におけるリーダーシップや規格化を巡る議論、そして建築と庭園の関わりについての彼の思想は、その後の近代建築やデザインの発展に重要な足跡を残しました。

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