ヘンリー・ブラクトン

ヘンリー・ド・ブラクトン（Henry de Bracton）とは

ヘンリー・ド・ブラクトン（生年不詳 - 1268年）は、13世紀のイングランドにおいて、ローマ法に通じた法律家であり、聖職者でもありました。彼は約20年間裁判官を務め、その経験を基に、1250年から1260年の間に『イングランドの法と慣習法』（De Legibus et Consuetudinibus Angliae）を編纂しました。

『イングランドの法と慣習法』とその影響

この著作は、イングランドの法体系を理解する上で非常に重要な文献です。ブラクトンは、この中で「王は人の下にあってはならない。しかし、国王といえども神と法の下にある。なぜなら、法が王を作るからである」という有名な法諺を残しました。この言葉は、王権といえども法によって制限されるという、法の支配の理念を明確に示しています。

ブラクトンは、註釈学派の法学者アーゾ・ポルティウスの考え方から影響を受け、ローマ法の概念をイングランドの慣習法の体系化に取り入れようとしました。アーゾは、法の源泉は人民の同意にあるとしつつ、人民を集合体としての人民と個々の人民に分け、個々の人民は皇帝に立法権を委ねたがゆえに皇帝の下にあるものの、集合体としての人民は立法権を保持すると主張しました。

ブラクトンの著作の特徴は、国王裁判官の判決を500も引用している点です。これは、先例（判例）を重視するコモン・ローの考え方を反映しており、ヘンリー2世時代の法官レイナルフ・グランヴィルの論文と比較しても、土地法に関する判例が非常に多く掲載されています。

後世への影響

ブラクトンの法諺は、後世にも大きな影響を与えました。特に、エドワード・コーク卿が、この法諺を引用して時の国王ジェームズ1世を諫めた出来事は、法の支配を確立する上で決定的な出来事だったとされています。

まとめ

ヘンリー・ド・ブラクトンは、13世紀イングランドの法学において重要な人物であり、彼の著作は、イングランド法とコモン・ローの発展に大きな影響を与えました。彼の残した法諺は、法の支配という理念を明確に示すとともに、後の時代の法律家たちに大きな影響を与えました。

参考文献

ピーター・スタイン著・屋敷二郎監訳『ローマ法とヨーロッパ』（ミネルヴァ書房）
Holdsworth, William Searle (1922). A History of English Law. 4. London: Methuen.
Kirkalfy, A. K. R. (1962). Potter's Historical Introduction to English Law and Its Institutions. London: Sweet and Maxwell.
Plucknett, T (1956). A Concise History of the Common Law. Little, Brown and Company.
Pollock; Maitland (1956). History of English Law. 1. Cambridge.
Stein, Peter (1999). Roman Law in European History. Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-64379-5.

関連項目

コモン・ロー
法の支配

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