ベクトル・シンセシス

ベクトル・シンセシスとは

ベクトル・シンセシスは、シンセサイザーにおける音声合成方式の一つで、加算合成の一種に分類されます。この方式では、複数の波形を重ね合わせ、それらのバランスを時間軸に沿って変化させることで、新しい波形を合成します。これにより、従来のシンセサイザーでは難しかった、複雑でダイナミックな音色変化を実現することが可能になります。

歴史

ベクトル・シンセシスの歴史は、1980年代に遡ります。その先駆けとなったのは、ドイツの楽器メーカーPPGが開発したウェーブテーブル・シンセシスです。PPG Wavecomputer 340というシンセサイザーに搭載されたこの技術は、デジタル・ウェーブ・メモリに記録された複数の波形を、エンベロープ・ジェネレータの出力値によって切り替えるというものでした。これにより、従来のシンセサイザーでは考えられなかった劇的な音色変化を生み出すことができました。しかし、このPPGの方式は、時間とともに波形が切り替わるという、ある意味で一次元的なベクトル・シンセシスと見なすこともできます。

本格的なベクトル・シンセシスが登場したのは1986年。シーケンシャル・サーキットが発表したProphet-VSというシンセサイザーが、この技術を二次元化したものでした。Prophet-VSでは、4系統のデジタル・ウェーブ・メモリを持ち、X-Y軸方向に制御可能なジョイスティックを用いて、これらの波形を自在に選択・ミックスすることができました。これにより、より複雑で自由度の高い音色変化が可能になり、ベクトル・シンセシスの可能性を大きく広げました。

1987年、シーケンシャル・サーキットはヤマハに買収されましたが、Prophet-VSの開発に関わった一部スタッフはコルグに移籍し、WAVESTATIONの開発に携わりました。WAVESTATIONは、ベクトル・シンセシスをさらに進化させたav（advanced vector ）シンセシス方式を搭載し、より複雑な音色変化を実現しました。また、シーケンシャル・サーキットの創業者であるデイヴ・スミスも、この開発にアドバイザーとして参加しています。ヤマハからも、SY35、SY22、TG33といったベクトル・シンセシス搭載のシンセサイザーが発売されています。

代表的なシンセサイザー

• - PPG Wavecomputer 340

PPG社が開発したウェーブテーブル・シンセシスを搭載したシンセサイザー。ベクトル・シンセシスの先駆けと言える存在。

• - Prophet-VS

シーケンシャル・サーキットが開発した、本格的な二次元ベクトル・シンセシスを搭載したシンセサイザー。ジョイスティックによる直感的な操作が特徴。

• - WAVESTATION

コルグが開発した、avシンセシス方式を搭載したシンセサイザー。より複雑でダイナミックな音色変化を実現。

• - SY35, SY22, TG33

ヤマハが開発したベクトル・シンセシス搭載のシンセサイザー。

参考文献

• - "Introduction to Vector Synthesis" - Stanley Jungleib, Electronic Musician November 1986 p.53, p.54

ベクトル・シンセシスは、その独特な音作りから、現在でも多くの音楽クリエイターに愛されています。今後も、この技術を用いた新しいシンセサイザーや音楽表現が登場することが期待されます。

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