ペニー・リック

ペニー・リック（Penny Lick）

ペニー・リックとは、19世紀のロンドンにおいて、アイスクリームを販売するために特別にデザインされた小さなガラス容器のことです。この時代のロンドンでは、それまで特別な存在だったアイスクリームが、より手頃な価格で街角でも楽しめる菓子として急速に普及していました。ペニー・リックは、その名が示す通り、当時最も一般的な販売価格であった「1ペニー」のアイスクリームを入れるために用いられたグラスです。なお、1ペニー以外にも、「半ペニー・リック」と呼ばれるさらに小さいサイズや、「2ペニー・リック」といった大きめのタイプも存在しました。

特徴と利用法

ペニー・リックの最大の特徴は、その独特な形状にありました。グラスの底は非常に厚く作られており、内側は円錐状に窄まっています。この設計は、実際にはごく少量のアイスクリームしか入らないにも関わらず、見た目には内容量が豊富に見えるように考案された視覚的なトリックでした。アイスクリームの量は、数回舐めればすぐに食べ終えてしまう程度のごくわずかなものでした。

当時の販売スタイルは、現代とは大きく異なっていました。客はアイスクリームを盛り付けられたペニー・リックを受け取り、中身をきれいに舐め終えた後、空になったグラスを販売者に返却しました。そして、多くの販売者は、返却されたグラスを適切に洗浄することなく、そのまま次の客へと使い回していたのです。

衛生問題と規制

この非衛生的なグラスの使い回しは、やがて公衆衛生上の大きな問題として浮上します。特に、結核のような感染症が流行する中で、医学界はこのペニー・リックが感染拡大の一因となっているのではないかという疑念を抱くようになりました。1879年には、ガラス食器の使い回しがコレラの発生に関連している可能性を示唆する医学的な報告書が提出されるに至ります。こうした懸念の高まりを受け、ロンドン市当局はついに1899年、ペニー・リックの使用を法的に禁止する措置を取りました。

衰退と現代

公式な禁止令が出された後も、一部の販売者は1920年代から1930年代にかけて、依然としてペニー・リックを用いた販売を続けていたと言われています。しかし、使い捨てが可能なアイスクリーム・コーンが広く普及するにつれて、ペニー・リックはその役目を終え、徐々に姿を消していきました。

「ペニー・リック」という名称は、販売価格である「ペニー」（penny）と、「舐める」という意味の「リック」（lick）を組み合わせたものであり、当時の文化や使用方法をよく表しています。

今日、ペニー・リックのガラスグラスは、既に生産されておらず、当時の公衆衛生や社会状況を伝える歴史的な遺物として、非常に希少なコレクターズアイテムとなっています。それは単なるアイスクリーム容器ではなく、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのロンドンの街頭文化と、それに伴う衛生観念の変遷を示す貴重な資料と言えるでしょう。

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