ホンダ・ピープル

ホンダ・ピープル：高齢者と女性に優しいモペッド

ホンダ・ピープルは、本田技研工業が1984年3月15日に発売したモペッドです。同社が培ってきた技術と、創業期からのモペッド開発の歴史が凝縮された、画期的なモデルと言えるでしょう。

開発背景とコンセプト

ピープルの開発は、オートバイに馴染みのない高齢者や女性層を主なターゲットとして行われました。1970年代に大ヒットしたロードパルと同様のコンセプトを受け継ぎつつ、自転車に近い外観とペダルによるエンジン始動を採用することで、従来の原付バイクへの抵抗感を払拭しようと試みました。

これは、本田技研工業が自転車用後付けエンジンの製造販売からスタートした歴史に深く根ざしています。モペッドは、いわば同社の原点回帰とも言うべき存在であり、自転車と原動機付自転車の境界を曖昧にすることで、新たな市場を開拓しようとしたのです。

軽量化も重視されており、乾燥重量はわずか24kg。女性でも容易に扱えるように、取り回しの良さを追求しました。また、当時話題となっていた補助動力付き自転車の法改正（免許・登録不要化）も、ピープルの発売を後押しする要因の一つとなりました。

時代の流れと販売低迷

しかし、ピープルは市場で苦戦を強いられることになります。その最大の要因は、当時の販売店にHY戦争の影響で大量に在庫されていたスクーターの存在です。スクーターは大幅な値引き販売が行われており、価格競争力においてピープルは劣勢に立たされました。

さらに、発売から2年後の1986年には、原動機付自転車にも公道走行時のヘルメット着用義務が適用されました。この法改正は、ピープルが持つ「自転車のような手軽さ」という優位性を大きく損ない、販売台数は低迷の一途を辿りました。結果的に、ピープルはわずか数年で生産終了となりました。

車両仕様と特徴

ピープルは、ペダルを漕ぎながら手元のスイッチを操作することでエンジンを始動させます。スロットルは、一般的なグリップ式ではなく、右手親指で操作するレバー式を採用。搭載されるエンジンは、排気量24ccのAB17E型空冷2ストロークエンジンで、最高出力はわずか0.7psと極めて低出力です。最高速度は18km/hに制限されていました。

車体構造は自転車とよく似ており、パイプフレームやホイール、リジット式のサスペンションなど、自転車の技術が活かされています。駆動方式は、エンジンの駆動軸に直結したローラーが後輪を摩擦力で回転させる仕組みで、エンジン動力とペダルによる人力駆動を併用することも可能でした。

まとめ

ホンダ・ピープルは、市場のニーズを読み違えた、あるいは時代の流れに翻弄されたモデルと言えるかもしれません。しかし、高齢者や女性をターゲットとした開発コンセプト、自転車のような手軽さを追求した設計思想、そして本田技研工業の歴史的背景を考えると、モペッドの歴史上、重要な位置を占めるモデルであることは間違いありません。その挑戦と失敗は、現代の自動車・二輪車開発にも貴重な教訓を与えていると言えるでしょう。

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