ボグダン・スタシンスキー

ボグダン・スタシンスキー：KGBの暗殺者、亡命、そして冷戦の影

ボグダン・ニコラーエヴィチ・スタシンスキー（1931年生まれ）は、KGB（ソビエト連邦国家保安委員会）の元諜報部員であり、暗殺者として冷戦時代に暗躍した人物です。彼は1950年代後半に、ウクライナの民族主義指導者であったレフ・レベトとステパーン・バンデーラを、毒物を用いた特殊なスプレー銃で暗殺しました。その後、1961年に西ベルリンへ亡命し、その衝撃的な告白は世界を震撼させました。

生い立ちとKGBへの加入

スタシンスキーは、リヴィウ近郊の小さな村で生まれました。彼の家族は、反ソビエトのウクライナ蜂起軍（UPA）を支援しており、姉3人がそのメンバーでした。1950年、彼は切符不所持で逮捕されたことをきっかけに、KGBへの協力を余儀なくされます。姉のつてでUPAに潜入し、情報をKGBに提供する二重生活を送ることになりました。

1953年、スタシンスキーはキエフでスパイ活動の訓練を受け、1954年には「ヨーゼフ・レーマン」という偽名を与えられて東ドイツに派遣されました。彼はドイツ人としての知識を習得し、経歴を偽装するためにミュンヘンを頻繁に訪れました。

暗殺の実行

スタシンスキーは、モスクワのKGB本部から直接暗殺の指示を受けていました。当時のKGB議長はアレクサンドル・シェレーピンであり、暗殺計画はニキータ・フルシチョフ首相の承認を得て実行されました。

1957年、スタシンスキーはシアン化合物（青酸化合物）を噴射するスプレー銃の訓練を受けました。この銃は、心停止を偽装するために使用され、犠牲者はまるで心臓発作で死亡したかのように見せかけることができました。スタシンスキーは、この銃を使って1957年にレフ・レベトを、1959年にはステパーン・バンデーラを暗殺しました。これらの「功績」により、彼は赤旗勲章を受章し、次の標的としてバンデーラの腹心であったヤロスラフ・ステツコの暗殺を命じられました。しかし、ステツコ暗殺は実行されることはありませんでした。

亡命とその後

1957年、スタシンスキーはインゲ・ポールという東ドイツ人女性と恋に落ちました。KGBは当初、外国人との結婚を認めませんでしたが、最終的にはインゲがソ連市民となりKGBのエージェントとなることを条件に結婚を許可しました。しかし、KGBは二人のアパートに盗聴器を仕掛け、亡命の兆候を監視していました。

1961年、インゲの出産後、生後4か月の息子が突然死亡するという悲劇が起こりました。KGBは、この悲劇を機にスタシンスキーが東ベルリンへ渡航することを許可しました。彼は、KGBの命令を無視し、偽のIDとKGB諜報員としての身分を証明する書類を持って東ドイツへ向かいました。そして、息子の葬儀の数時間前に、妻と共に西ベルリンへ亡命しました。

亡命後、CIAはスタシンスキーを尋問し、レベトとバンデラの暗殺について調査しました。当初、CIAは彼の話を疑っていましたが、西ドイツ当局の捜査により、スタシンスキーの供述が真実であることが判明しました。1962年、彼は2件の殺人容疑で禁固8年の判決を受けました。

その後の人生

スタシンスキーは、1966年に仮釈放され、CIAに引き渡されたとされています。その後、整形手術を受け、新しいIDを与えられて、南アフリカに亡命したという説がありますが、定かではありません。彼の消息については、様々な憶測が飛び交っていますが、真相は謎に包まれています。

ボグダン・スタシンスキーの事件は、冷戦時代におけるKGBの暗躍と、その背後にある政治的な陰謀を浮き彫りにしました。彼の亡命と告白は、世界に衝撃を与え、冷戦の歴史に深く刻まれています。

もう一度検索