ポール・ギンスパーグ

ポール・ギンスパーグ氏（1956年生まれ）は、アメリカ合衆国の理論物理学者であり、学術情報伝達の現代的な枠組みを築く上で極めて重要な役割を果たした人物です。特に、物理学や数学などの分野における論文のプレプリント（査読前論文）を電子的に共有するための先駆的なプラットフォーム、「arXiv」（アーカイブ）の開発者として、その名は広く知られています。

ギンスパーグ氏がこの画期的なシステムを開発したのは、1991年から2001年にかけて、ニューメキシコ州にあるロスアラモス国立研究所に技術スタッフとして在籍していた期間のことです。当時は、研究成果を共有するために印刷したプレプリントを郵送するのが主流であり、迅速な情報共有の妨げとなっていました。これに対し、ギンスパーグ氏はインターネットを活用した電子的な共有システムを考案し、arXivを立ち上げました。物理学から始まったarXivは、その後数学や計算機科学など多くの分野に広がり、研究者が最新の成果に素早くアクセスできる環境を提供し、学術コミュニケーションのあり方を根本から変えました。オープンアクセス運動の重要な基盤の一つともなっています。

ギンスパーグ氏は、輝かしい学歴と経歴を持っています。ハーバード大学で物理学修士、コーネル大学で素粒子物理学の博士号を取得しました。ハーバード大学での研究員、助教授、准教授を経て、ロスアラモス国立研究所でarXivの開発に従事。2001年からはコーネル大学教授として物理学と計算情報科学を担当しています。彼の研究分野は、場の量子論、弦理論、共形場理論、量子重力理論など多岐にわたります。アメリカ物理学会フェローでもあります。

その業績に対し、Special Libraries AssociationのP.A.M. Award、2002年にはMacArthur Fellowship（通称「天才賞」）、Council of Science Editors Award、Paul Evans Peters Awardなど、情報科学や学術コミュニケーションに関する権威ある賞を複数受賞しています。

ギンスパーグ氏に関連する興味深いエピソードとして、「The problem with the global village is all the global village idiots.」（グローバル・ヴィレッジの問題点は、全ての村民がバカだということだ）という格言の起源に関する話があります。この言葉はよく彼の発言として引用されますが、ギンスパーグ氏自身によると、元々は著名な物理学者である故シドニー・コールマン氏が1980年代初頭にメールで使ったのが最初だそうです。ギンスパーグ氏がインターネット普及期に自身のメールにこの言葉を付け加えるようになったことで、彼の言葉として広まったといいます。この件について1996年にギンスパーグ氏がコールマン氏に尋ねたところ、「ロズウェル事件の起源について僕が何も知らないのと同じ様に、global-village-idiotという言葉の起源についても、僕は何も知らない」とユーモアたっぷりに返ってきたとのことです。

ポール・ギンスパーグ氏は、理論物理学者としての研究活動に加え、arXivの開発を通じて学術情報の共有方法に革命をもたらしました。彼の先見的な取り組みは、現代の研究者コミュニティにおける知識の拡散とオープンアクセス文化の発展に計り知れない貢献をしています。彼は、科学研究の進歩を支えるインフラストラクチャ構築において、先見性と実行力を兼ね備えた稀有な人物と言えるでしょう。

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