ポール・グライス

ポール・グライス：言語哲学における含みと意図の探求

ポール・グライス（Herbert Paul Grice, 1913年 - 1988年）は、イギリス出身の哲学者・言語学者であり、言語哲学の分野に多大な影響を与えました。オックスフォード大学で学んだ後、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執り、その独自の理論を展開しました。彼の業績は、特に「含みの理論」と「意図基盤意味論」において顕著であり、言語における意味の多層性と、コミュニケーションにおける意図の重要性を明らかにしました。

日常言語学派との関係

グライスは、J.L.オースティンの流れを汲む日常言語学派の一員と見なされます。しかし、彼は日常言語学派の方法論を支持しつつも、その内部からの批判者でもありました。日常言語学派は、日常的な言語使用を分析することで哲学的な問題を解決しようとしましたが、グライスは彼らの方法論に不明確な点があると考えました。

グライスは、日常言語学派が語の意味論的な内容と語用論的な内容を区別していない点を指摘しました。彼は、概念分析においては意味論的な内容に焦点を当てるべきだと主張し、そのために「含みの理論」を提唱しました。

含みの理論

含みの理論は、発話された内容が文字通りの意味だけでなく、言外の含みを持つことを説明する理論です。グライスは、私たちがコミュニケーションを行う際に、協調原理と、それに従属する四つの格率に従っていると考えました。

協調原理と会話の格率

協調原理とは、会話の参加者が共有の目的を達成するために協力するという原則です。この原則に基づき、グライスは以下の四つの会話の格率を提唱しました。

量の格率: 必要な情報だけを提供し、過剰な情報を提供しない。
質の格率: 嘘をついたり、十分な証拠がないことを言ったりしない。
関係の格率: 関連性のあることを言う。
様態の格率: 明確で簡潔に、順序立てて話す。

これらの格率は、私たちが円滑なコミュニケーションを行うための指針となります。しかし、実際の会話では、これらの格率が意図的に破られることがあります。このような場合でも、聞き手は話し手が協調原理に従っていると解釈しようとします。このズレから、「会話の含み」が生じるとグライスは考えました。

例えば、「あっちにガソリンスタンドがあるよ」という発話は、文字通りにはガソリンスタンドの場所を伝えているだけですが、聞き手はそこが開いているとか、ガソリンがあるといった含みを読み取ります。これは、話し手が協調原理に従っていると仮定することで生じる解釈です。

グライスはまた、「慣習的含み」という概念も導入しました。これは、特定の語句が持つ、真理条件的な意味を超えた含みです。例えば、「しかし」という接続詞は、前後の文の間に何らかの対比関係があることを示唆します。

意図基盤意味論

グライスは、日常言語学派の方法論を用いて「意味」という概念を分析し、「意図基盤意味論」を提唱しました。彼は、意味を「自然的意味」と「非自然的意味」に分け、言語的な意味は非自然的意味に属するとしました。

話者の意味と無時間的意味

グライスは、非自然的意味の中でも「話者の意味」が最も重要であると考えました。話者の意味とは、話者が特定の状況で発話することによって伝えようとする意図です。彼は、話者の意味を「話者の意図」という概念を用いて定義しようとしました。

さらに、グライスは「無時間的意味」という概念を導入しました。これは、特定の場面に依存せず、普遍的に成立する意味であり、言語的な意味などが含まれます。

グライスの遺産

ポール・グライスの業績は、言語哲学、語用論、認知科学など、広範な分野に影響を与え続けています。彼の「含みの理論」は、コミュニケーションにおける意味の解釈の複雑さを明らかにし、「意図基盤意味論」は、言語と意図の関係についての理解を深めました。グライスの思想は、私たちが日常的に行っているコミュニケーションの本質を理解するための重要な手がかりを提供してくれます。

彼の著書である「Studies in the Way of Words」は、彼の言語哲学に関する重要な論文を集めたものであり、今日でも多くの研究者に読まれています。

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