マクペラの洞窟虐殺事件

1994年2月25日、ヨルダン川西岸地区南部の都市ヘブロンで、マクペラの洞窟において、ユダヤ教徒によるイスラム教徒への大規模な襲撃事件が発生しました。この事件は、アブラハムのモスク虐殺事件、ヘブロン虐殺事件、プリム虐殺事件などとも呼ばれています。

マクペラの洞窟

マクペラの洞窟は、旧約聖書に登場する最初の人間アダムとイヴ、そして族長たち（アブラハム、イサク、ヤコブ）とその妻たちの墓があるとされる場所です。洞窟には「アブラハムのモスク」が併設され、ユダヤ教とイスラム教双方にとっての聖地となっています。この場所は、歴史的に重要な意味を持つだけでなく、宗教的にも非常に重要な場所です。

事件の背景

事件が発生した時期は、ユダヤ教のプリムとイスラム教のラマダンという、双方の重要な祭日が重なる時期でした。襲撃を実行したのは、バールーフ・ゴールドシュテインというアメリカ出身のユダヤ人医師で、入植地キルヤット・アルバに住んでいました。彼はまた、イスラエル国防軍の予備役兵であり、ユダヤ人の極右思想であるカハネ主義の活動家でもありました。この背景が、事件の複雑さと根深さを示しています。

虐殺の実行

マクペラの洞窟の内部は、壁によってユダヤ教徒とイスラム教徒の礼拝スペースに分けられています。ユダヤ教徒の区画は、割礼の儀式などが行われる「アブラハムのホール」や「ヤコブのホール」などから成り立っています。一方、イスラム教徒の区画は「イサクのホール」と呼ばれ、ユダヤ教徒の区画よりも広くなっています。年間を通して、双方に洞窟の施設を占有して使用する期間が割り当てられています。

事件当日、800人ものイスラム教徒が、最初の礼拝（Fajr）のために東門から入場しました。陸軍の制服を着て、IMIガリルと弾倉を携行したゴールドシュテインは、「イサクのホール」に侵入し、背後から礼拝中のイスラム教徒に向けて発砲しました。この襲撃により、29人が死亡、125人が負傷しました。ゴールドシュテイン自身も、その場で取り押さえられ死亡しました。

事件後の混乱

事件後の報道は混乱し、当初はゴールドシュテイン単独犯なのか、共犯者がいたのかといった情報が錯綜しました。目撃者の証言として、「軍服を着た別の男が弾薬を渡していた」という情報や、ゴールドシュテインが手榴弾を使用したという報道もありましたが、調査の結果、これらは誤りであることが判明しました。パレスチナの指導者ヤーセル・アラファートは、12人による襲撃だったと主張しましたが、イスラエル軍の調査により、ゴールドシュテインの単独犯行であることが確認されました。

事件への反応

イスラエル政府や主要政党、多くの市民は、ゴールドシュテインの犯行を強く非難しました。ユダヤ教の各団体もこの行為をテロ行為と断じました。ゴールドシュテインが所属していた「カハ」はテロ組織として非合法化され、極右活動家の中には武器を没収されたり、身柄を拘束された者もいました。イツハク・ラビン首相は、ゴールドシュテインを「外国から移植された雑草」と非難し、リクードの党首ベンヤミン・ネタニヤフもこの犯行を卑劣な犯罪だと非難しました。

しかし、ゴールドシュテインの行動を支持する声も一部にありました。エルサレムの高校では半数以上の生徒がこの犯行を支持し、教育省の会議では、虐殺を批判した教育副大臣が支持者から石を投げつけられるという事態も発生しました。

シャムガール委員会の調査

イスラエル政府は、事件を調査するためにメイル・シャムガール判事を長とする独立委員会を設置しました。調査の結果、以下の点が明らかになりました。

ゴールドシュテインは単独犯であり、誰にも犯行計画を打ち明けていなかった。
洞窟の警備を行っていたイスラエル国防軍と警察、行政機関の連携に問題があった。
イスラエル総保安庁はゴールドシュテインの犯行を予期していなかった。
生存者の証言にあるイスラエル軍の関与や手榴弾による爆発は、証拠と矛盾する。

国外のユダヤ人社会

イギリスの主席ラビ、ジョナサン・サックス博士は、この犯行をユダヤ的価値観を穢す行為だと非難し、「神の名を騙って行われる暴力は、その分さらに邪悪である」と述べました。ユダヤ人向け新聞のコラムニスト、ハイム・バーマントは、「カハ」をネオナチと批判し、イギリスの進歩的なシナゴーグでは、被害者のための寄付金活動が行われました。

抗議活動

事件後、各地で抗議活動が発生し、パレスチナ人26人とイスラエル人9人が死亡しました。ヨルダンでは、イギリス人旅行客が刺される事件も起きています。

その他の情報

ゴールドシュテインの動機は不明ですが、彼の友人は、彼がイスラエルとパレスチナの和平プロセスを阻止したかったと語っています。キルヤット・アルバのラビは、ゴールドシュテインは医師として多くの悲惨な状況を見すぎて、気が狂ってしまったのだろうと述べました。世論調査では、大多数のイスラエル人がこの虐殺を非難していますが、一部にはゴールドシュテインを賞賛する声も存在しています。

まとめ

マクペラの洞窟虐殺事件は、宗教的な場所で起きた悲惨なテロ事件であり、イスラエルとパレスチナの対立の根深さを示す事件です。事件は、中東情勢に大きな影響を与え、今日に至るまで両者の関係に影を落としています。

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