マクリン・マッカーティ

マクリン・マッカーティ（Maclyn McCarty、1911年6月9日 - 2005年1月2日）は、20世紀の生命科学史において決定的な役割を果たしたアメリカ合衆国の遺伝学者です。特に、生命の遺伝情報を担う物質の正体を解明した画期的な研究で知られています。

彼はまずスタンフォード大学で生化学を専攻し、1933年に卒業しました。その後、医学の道を志し、ジョンズ・ホプキンズ大学医学部で学び、1937年に医学博士（MD）の学位を取得しました。医師としての訓練を受けつつも、マッカーティは科学研究、特に細菌に関する研究に深く傾倒していきました。彼のキャリアは、ニューヨークのロックフェラー医学研究所（現在のロックフェラー大学）で花開きます。ここで彼は、後にノーベル賞候補となる偉大な科学者たちと出会い、共同研究を行うことになります。

マッカーティの最も重要な業績は、オズワルド・アベリー（Oswald Avery）とコリン・マクラウド（Colin Munro MacLeod）と共に実施した一連の実験です。当時の科学界では、遺伝子、すなわち親から子へと形質を伝える物質はタンパク質であると広く信じられていました。これは、タンパク質が非常に多様で複雑な構造を持つことから、生命の多様な情報を記録するのに適していると考えられていたためです。しかし、アベリー、マクラウド、そして若きマッカーティは、この定説に疑問を投げかけ、異なる物質、すなわち核酸の一種であるデオキシリボ核酸（DNA）こそが遺伝物質ではないかと考えました。

彼らは、病原性の肺炎双球菌（Streptococcus pneumoniae）を用いた有名な「形質転換」の現象に着目しました。これは、病原性のない肺炎双球菌に、病原性のある菌の成分を与えると、病原性を持つ菌に変異するという現象です。彼らは、病原性のある菌から様々な成分を分離し、それぞれを病原性のない菌に与える実験を繰り返しました。タンパク質を分解する酵素で処理した成分や、RNAを分解する酵素で処理した成分を与えても形質転換は起こりましたが、DNAを分解する酵素で処理した成分を与えた場合には、形質転換が起こりませんでした。この結果は、病原性という形質を伝える「何か」がDNAの中に存在することを示唆していました。彼らは、この形質転換を引き起こす活性を持つ物質を精製し、それが化学的にDNAであることを証明したのです。

1944年に発表された彼らの研究論文は、「DNAが遺伝物質である」という、現代生物学の根幹をなす概念を初めて明確に提示しました。この発見は、それまでの遺伝学の常識を覆すものであり、当初は科学界の一部でしか受け入れられませんでしたが、後に続くワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の解明（1953年）へとつながる道を切り拓き、分子生物学という新しい分野の誕生を促しました。マッカーティらが示したDNAの役割の解明は、遺伝子の研究を分子レベルで進めることを可能にし、その後の遺伝子工学やゲノム科学の発展の基礎となりました。彼らの実験は、科学史における最も重要な「ピボタル（決定的な）」な実験の一つと見なされています。

その功績は高く評価され、マクリン・マッカーティは数々の栄誉によって称えられました。彼は、1981年にロベルト・コッホ賞のコッホ・ゴールドメダルを受賞したのを皮切りに、1988年にはジェシー・スティーヴンソン・コヴァレンコ・メダル、1989年にはジョージ・M・コーバー・メダルといった権威ある賞を受けています。さらに、1990年には生命科学分野で特に名高いウルフ賞医学部門を、1994年にはラスカー賞の中でも極めて優れた業績を称えるラスカー・コシュランド医学特別業績賞を受賞しました。これらの受賞歴は、彼のアベリー-マクラウドとの共同研究が、時を経るにつれてその真の価値を広く認識されるようになったことを示しています。

マクリン・マッカーティは、謙虚な人柄でありながら、厳密な科学的手法によって生命の根源的な謎に迫った偉大な研究者でした。彼の研究は、遺伝学、分子生物学、そして現代医学の発展に不可欠な基礎を築き、私たちの生命理解に革命をもたらしました。彼の遺した業績は、今もなお多くの科学者に影響を与え続けています。

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