マニエリスム

マニエリスム：ルネサンス後の芸術的変革

マニエリスム（Mannerism）とは、16世紀、主にイタリアで開花した美術様式です。ルネサンス後期の美術史において、盛期ルネサンスとバロック様式の中間に位置づけられます。イタリア語の「maniera（マニエラ）」、つまり「手法」や「様式」を語源とし、盛期ルネサンスの巨匠たちの芸術手法を模倣、再解釈する中で生まれた独特の表現様式を指します。

マニエリスムの成立：巨匠たちの影と模倣

レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロといった盛期ルネサンスの巨匠たちは、古典的な様式を完成させました。彼らの卓越した技法は、芸術の頂点を極めたとさえ考えられました。特にミケランジェロの芸術は、後の芸術家に大きな影響を与え、「マニエラ」という概念の核となりました。

ミケランジェロの弟子であったヴァザーリは、師の芸術的手法を「自然を凌駕する行動の芸術的手法」と評し、過去の作家にはない高度な技術と表現力を称賛しました。この「マニエラ」という概念は、後にマニエリスムを定義する重要な要素となります。

1520年頃から、中部イタリアを中心に、これらの巨匠たちの様式を模倣しようとする芸術作品が出現します。しかし、単純な模倣ではなく、盛期ルネサンス様式の造形言語を知的、かつ独創的に再解釈することで、新たな表現が生まれていきました。それは、盛期ルネサンス様式の強調や歪曲、古典主義では許されなかった不合理な原理の表現へとつながります。

フィレンツェにおけるマニエリスムの発生には、メディチ家の政治的変動や、ミケランジェロとラファエロのローマへの移住といった社会・政治的背景が関係していると考えられています。これらの変化は、フィレンツェの伝統からの解放をもたらし、新たな芸術表現の探求を促しました。ヤコポ・ダ・ポントルモのような芸術家は、この時代の変化の中で、マニエリスム様式を確立する上で重要な役割を果たしました。

マニエリスムの定義と再評価

17世紀以降、マニエリスムは、ミケランジェロの「マニエラ」の単なる模倣、型にはまった生気の欠けた芸術という否定的評価を受けることもありました。しかし、20世紀半ば以降、マニエリスムは再評価され、独立した表現様式として注目されるようになりました。

美術史家のマックス・ドヴォルシャックはマニエリスムの本質を精神性に見出し、アーノルド・ハウザーはこれに、世界を形作るだけでなく、捻じ曲げる力としての働きを加えて定義しました。ウォルター・フリートレンダーは、マニエリスムを反古典主義的なものとし、逆説的な形式でしかその問題を語れないとしました。

マニエリスムの特徴：絵画と建築

マニエリスムは、盛期ルネサンスの明快さや調和、バロックのダイナミズムとは異なる、独特の表現様式を持っています。

絵画においては:

遠近法、明暗法、短縮法といった技法が、抽象化され、空間の歪みが表現されます。
消失点の高低差を強調したり、奥行きを閉ざして平面的な空間を作り出すなど、空間表現に特徴があります。
「フィグーラ・セルペンティナータ（蛇状体）」と呼ばれる、曲がりくねった、引き伸ばされた人体表現も見られます。
明暗のコントラストが強調された表現方法も用いられています。

建築においては:

古典主義建築に見られる均整のとれた柱の配置とは異なり、古典的要素を自由に組み合わせ、大胆な平面構成の作品が見られます。
ヴィニョーラやパラディオなどは、柱の大きさや配置を変化させることで、独特の建築様式を生み出しました。
* マニエリスム期の建築作品は、教会や広場といった公共空間よりも、宮廷など閉鎖的な空間で鑑賞されることが多くなりました。

マニエリスムの影響と現代への継承

マニエリスムは、美術にとどまらず、文学にも影響を与えました。グスタフ・ルネ・ホッケの『文学におけるマニエリスム』は、その一例です。現代美術においても、シュルレアリスムなど、マニエリスムと共通する特徴を持つ作品が見られます。磯崎新などのポストモダンの建築家も、マニエリスム的な要素を取り入れた作品を制作しています。

マニエリスムは、ルネサンスという華麗な時代からバロックへの移行期に生まれた、独特の芸術様式です。その複雑で多様な表現は、現代においても新たな解釈と再評価を促し続けています。

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