マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸

『マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸』

ピーテル・パウル・ルーベンスが1622年から1625年にかけて制作した油彩画『マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸』は、フランドル・バロック美術を代表する作品です。この絵画は、フランス王妃マリー・ド・メディシスが、自らの生涯と夫であるアンリ4世の業績を記念するために委嘱した24点の連作「マリー・ド・メディシスの生涯」の一つです。現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。

歴史的背景

マリー・ド・メディシスは、リュクサンブール宮殿を飾るために自身の生涯を描いた連作を制作させました。これは単なる装飾ではなく、彼女の統治に対する民衆の不満を鎮める意図もありました。イタリア出身であるマリーは、フランス人から統治者として不適格と見なされていたため、絵画を通じて自らの正当性を主張しようとしたのです。彼女は1600年にアンリ4世と結婚し、その10年後にアンリ4世が亡くなりました。この連作が委嘱されたのは、アンリ4世の死後、マリーが権力を維持しようとした時期と重なります。

作品詳細

連作の第9作目である『マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸』は、1600年11月3日にマリーがマルセイユに到着した場面を描いています。豪華な装飾が施されたメディチ家のガレー船から、マリーが降り立つ瞬間が捉えられています。彼女は、叔母であるトスカーナ大公妃と、姉のマントヴァ公妃（ルーベンスがイタリアで仕えた貴族の妻）に付き添われています。青いマントを纏い、金のフルール・ド・リスが散りばめられた衣装を身につけたマリーは、フランスの象徴である「フランス」の擬人像と、城壁型の冠を被った「マルセイユ」の擬人像に迎えられています。

画面下部には、海を司る神々がマリーの到着を祝福しています。ネーレウスの娘たち（ニンフ）、三叉の鉾を持つネプトゥーヌス、そして従者のプロテウスやトリトンが描かれています。ニンフたちの豊満でバラ色に輝く肉体は、ルーベンス特有の女性美を表現しており、見る者に強い印象を与えます。彼女たちの生命力と喜びに満ちた姿は、マリーの到着をさらに劇的に演出しています。一方で、彼女たちの存在感は、マリーの存在をやや霞ませているように見えるかもしれません。

画面上部では、「名声」の擬人像がトランペットを吹き鳴らし、王妃の到着を祝っています。ルーベンスは、これらの象徴的な人物像を用いることで、歴史的な出来事を、マリーの統治を正当化する寓意へと昇華させています。フランスの象徴を描くことで、マリーとフランス国民との間に好意と尊敬を築こうとする意図が読み取れます。この作品は、現実の歴史と象徴的な寓意が見事に融合した傑作と言えるでしょう。

この絵画は、単に歴史的な出来事を記録するだけでなく、マリー・ド・メディシスの政治的な意図と、ルーベンスの卓越した芸術的才能が結びついた作品として、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

参考文献

坂本満 責任編集『NHKルーブル美術館V バロックの光と影』、日本放送出版協会、1986年刊行　ISBN 4-14-008425-1

外部リンク

ルーヴル美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸』 (フランス語)

もう一度検索