マルト・ケラー

スイスを代表する芸術家の一人、マルト・ケラー（Marthe Keller）は、1945年1月28日にバーゼルで生まれました。彼女のキャリアは、まずバレエダンサーを目指すことから始まりました。幼少期からバレエに情熱を注いでいましたが、16歳の時にスキー中の不慮の事故により負傷し、その道を断念せざるを得なくなります。

バレエへの夢が閉ざされた後、ケラーは新たな表現の場として演劇の世界に目を向けました。ベルリンの劇場で経験を積んだ後、1964年に女優として正式にデビューを飾ります。当初はドイツ国内のテレビドラマや映画を中心に活動していましたが、やがてフランスをはじめとするヨーロッパ各国の作品にも出演するようになり、その可憐さと確かな演技力で広く知られるようになりました。

ヨーロッパでの成功を経て、マルト・ケラーは1976年、ジョン・シュレシンジャー監督のサスペンス映画『マラソンマン』でハリウッドへの鮮烈な進出を果たします。ダスティン・ホフマンやローレンス・オリヴィエといった名優たちと共演したこの作品での演技は高く評価され、彼女の国際的な名声を不動のものとしました。その後もハリウッドで精力的に活動を続け、アルフレッド・ヒッチコック監督の最後の作品である『ブラック・サンデー』（1977年）ではテロリストという難しい役柄を演じ、またシドニー・ポラック監督の人間ドラマ『ボビー・デアフィールド』（1977年）ではアル・パチーノの相手役として繊細な演技を見せました。さらに、巨匠ビリー・ワイルダー監督の『悲愁』（1978年）や、クリント・イーストウッドがメガホンをとったヒューマンドラマ『ヒア アフター』（2010年）では医師役として出演するなど、幅広いジャンルで印象的な役柄を演じ、その存在感を示しました。

女優としての活動に加え、マルト・ケラーは国際的な映画界の重要な場面にも貢献しています。1977年に開催された第30回カンヌ国際映画祭では、栄誉ある審査員の一員として参加し、世界の映画芸術の発展に寄与しました。

女優としての輝かしいキャリアを築く一方で、マルト・ケラーはオペラの世界にも活動の場を広げ、演出家としても成功を収めています。1999年には、フランシス・プーランク作曲のオペラ『カルメル派修道女の会話』でオペラ演出家としてのデビューを果たしました。このデビュー作は批評家から絶賛され、フランス批評家協会から最優秀オペラ公演賞を受賞するなど、高い評価を得ました。さらに、彼女の演出活動は世界最高峰の歌劇場の一つであるメトロポリタン歌劇場にも及びます。2004年には、メトロポリタン歌劇場でヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの傑作オペラ『ドン・ジョヴァンニ』を演出し、大きな成功を収めました。このプロダクションは2006年に日本でも上演され、日本のオペラファンにもその才能が披露されました。

女優としてヨーロッパからハリウッドまでを股にかけ活躍し、同時にオペラ演出家としても国際的な評価を確立したマルト・ケラーは、芸術家として多岐にわたる才能を発揮し続けています。その飽くなき探求心と表現力は、今なお多くの人々を魅了しています。

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