ミハイル・スペランスキー

ミハイル・ミハイロヴィチ・スペランスキー伯爵は、18世紀後半から19世紀前半にかけて帝政ロシアで活躍した、卓越した官僚、政治家、そして教育者です。特に、皇帝アレクサンドル1世の政治顧問として、ロシアの近代化に大きく貢献しました。彼の改革は、ロシア社会に大きな変革をもたらし、後世に多大な影響を与えました。

生い立ちと官界入り

1772年、ウラジーミル県の司祭の息子として生まれたスペランスキーは、地元の神学校からサンクトペテルブルクのアレクサンドル・ネフスキー神学大学へと進学し、卒業後は同大学で数学と物理学を教えました。その才能は早くから注目され、1806年にはアレクサンドル・クラーキン公爵の秘書として政府に入りました。この頃から官僚としての頭角を現し始めます。

初期の改革

1807年、スペランスキーはアレクサンドル1世に随行してエルフルトでナポレオン1世と会談しました。この時、ナポレオンはスペランスキーの才能を高く評価し、ロシアにおける唯一の明晰な頭脳の持ち主だと評したと言われています。この出会いはスペランスキーにとって大きな転機となり、彼の改革思想を形成する上で重要な役割を果たしました。

アレクサンドル1世は、当初から立憲制導入を視野に入れた法制・国制改革を目指していました。スペランスキーは、皇帝の顧問としてその改革の中心を担い、憲法制定とドゥーマ（国会）開設を提唱しました。彼の構想は、地方から全国へと段階的に議会を組織するもので、各地域にドゥーマを設置し、それらの頂点に全国ドゥーマを置くというものでした。これは、村から郡、郡から県、県から全国ドゥーマへと代議員を選出する四段階選挙制度による自治制度の導入を意味しました。また、1809年には官僚昇進試験制度を導入し、官僚制度の刷新も図りました。

1810年には、国家評議会（参議院）を創設しました。この評議会は、皇帝専制下においても、限定的ながら立憲的政治制度としての役割を果たしました。これらの改革は、ロシアの内閣を含む行政機関や官僚制の基礎を築き、後のロシアの政治体制に大きな影響を与えました。ドゥーマという名称もスペランスキーによるものであり、1864年に導入された地方自治機関ゼムストヴォも彼の構想に基づいています。また、スペランスキーの立憲制導入の努力は、ポーランド立憲王国やフィンランド大公国への憲法発布として結実しました。

失脚と法典編纂

1809年から1812年、スペランスキーはアレクサンドル1世の信頼を得て絶大な権力を持ちました。しかし、彼の改革は貴族や保守層の反感を買い、彼は「成り上がり者」や「体制の破壊者」と非難され、フリーメイソンとの関係を疑われるなど、中傷を受け続けました。アレクサンドル1世もまた、スペランスキーを擁護するには及ばず、ナポレオン戦争を前に、スペランスキーはスケープゴートとして解任され、地方へ追放されてしまいます。

1816年に追放は解除され、ペンザ県知事、シベリア総督を経て、1821年にペテルブルクに復帰し、国家評議会議員として政界に復帰しました。1825年にアレクサンドル1世が死去し、デカブリストの乱が発生すると、スペランスキーはデカブリストに同情的であったため、新皇帝ニコライ1世からは完全に信用されていませんでした。しかし、ニコライ1世は、官僚制の再構築を重視しており、スペランスキーの才能は不可欠でした。ニコライ1世はスペランスキーを皇帝官房第二部長官に任命し、ピョートル大帝以来の法典編纂事業を任せました。スペランスキーは、1830年（または1833年）に「ロシア法大全」45巻、1832年に「ロシア帝国法律集成」15巻を完成させました。この功績により、彼は伯爵位を授与されました。

スペランスキーの政治思想は、その後、コンスタンチン・カヴェーリンとボリス・チチェーリンによって研究されました。彼の改革は、ロシアの近代化に大きな影響を与え、今日に至るまで高く評価されています。スペランスキーは、まさに「ロシア自由主義の父」と呼ぶにふさわしい人物でした。

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