ミレトス学派

ミレトス学派：古代ギリシャ自然哲学の夜明け

紀元前6世紀、古代ギリシャのイオニア地方、エーゲ海に面したミレトスという都市で、後に西洋哲学の礎となる重要な学派が誕生しました。それがミレトス学派です。ミレトスは当時、活気あふれる商業都市として栄え、多様な文化が交差する国際的な雰囲気を持つ場所でした。この環境が、自由な思想と探求を育む土壌となったと考えられています。

ミレトス学派を代表する哲学者として、タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスの三名が挙げられます。彼らは、神話や宗教に頼らず、自然現象を理性的に観察し、その根源を探求するという、当時としては画期的な試みを行いました。彼らの探求の中心となった概念は「アルケー」（ἀρχή, arkhē）です。これは「起源」「始元」「原理」を意味する言葉で、万物の根源となる第一原理を指します。

タレス：万物の根源は「水」

ミレトス学派の始祖とされるタレスは、万物の根源を「水」であると主張しました。当時の人々は、自然現象を神々の意志によるものと考えていましたが、タレスは、水は様々な状態（液体、固体、気体）をとることができ、生命を育み、あらゆるものを構成する要素になりうるとして、水の普遍性に着目したのです。これは、自然現象を神ではなく、自然界に内在する原理で説明しようとした、最初の試みの一つと言えるでしょう。

アナクシマンドロス：無限なる「アペイロン」

タレスの弟子であったアナクシマンドロスは、師の説に疑問を呈しました。水だけでは、火や空気といった他の要素を説明できないと考えたのです。そこで彼は、万物の根源を「アペイロン」（ἀπείρον, apeiron）と名付けました。アペイロンは、無限で、限定不可能、観察不可能なものであり、そこから万物が生じ、そして最終的にそこへ還元されると考えました。このアペイロンという概念は、後の哲学に大きな影響を与えることになります。彼は、宇宙観においても、地球は宇宙の中心に位置するのではなく、宇宙空間を浮遊する球体であるという考えを提唱し、宇宙論の先駆けとなりました。

アナクシメネス：万物の根源は「空気」

アナクシマンドロスに師事したアナクシメネスは、万物の根源を「空気」と定義しました。空気は、濃縮することで火となり、希薄になることで風や雲、そして水や土へと変化すると考えました。これは、万物の変化を、物質の密度変化という物理的な過程で説明しようとした試みであり、当時としては非常に高度な自然観を示しています。

ミレトス学派とイオニア学派

ミレトス学派は、タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスの三哲学者を中心に構成されますが、時にはアナクサゴラスやヘラクレイトスといった後世のイオニア地方の哲学者を含めて、より広義の「イオニア学派」と呼ばれることもあります。これらの哲学者たちは、それぞれ独自の視点から自然の原理を探究し、後世の哲学や科学の発展に大きな足跡を残しました。彼らの自然哲学は、神話や宗教的な説明に頼ることなく、自然そのものの中に真理を探求しようとする姿勢を示しており、西洋哲学における理性主義の端緒を開いたと言えるでしょう。

ミレトス学派の哲学は、後世の哲学者たちに大きな影響を与え、プラトンやアリストテレスといった巨人たちの思想の基礎を築きました。彼らの探求は、人間の知性と自然界の謎を解き明かそうとする、永遠の探求の始まりを告げたのです。 彼らの残した功績は、現代においても、自然科学や哲学の基礎として高く評価されています。

もう一度検索