メツァモール原子力発電所

メツァモール原子力発電所

メツァモール原子力発電所は、アルメニア共和国に所在する同国唯一の原子力発電施設です。首都エレバンの西方約30キロメートルに位置し、正式にはアルメニア原子力発電所（ANPP）とも呼ばれます。この発電所はアルメニア国内の電力需要の四割以上を賄う重要な基幹電源であり、同国のエネルギー安全保障において極めて大きな役割を担っています。

施設には、ソ連型加圧水型原子炉（VVER）であるVVER-440/V270型炉が二基設置されていました。一号機と二号機はそれぞれ一九七〇年代後半に運転を開始しましたが、一九八八年に発生したマグニチュード6.8のスピタク大地震により、両機ともに運転を停止しました。この地震によりアルメニア全土が甚大な被害を受け、原発の安全性に対する懸念が浮上したためです。地震発生後、一号機は一九八九年に永久閉鎖されましたが、エネルギー不足に直面したアルメニアは、国際社会からの懸念にもかかわらず、二号機の運転再開を選択し、一九九五年から再び稼働を始めました。

メツァモール原子力発電所、特に再稼働した二号機に対しては、過去から現在に至るまで、その安全性について国際的な議論が続いています。主な懸念材料としては、第一に、この発電所が地震活動が非常に活発な地帯に位置している点が挙げられます。第二に、施設の建設時期が古く、老朽化が進んでいること。第三に、旧ソ連時代の設計であるVVER-440/V270型炉は、西側諸国で一般的な最新の原子力発電所が備えるような強固な原子炉格納容器を持たない構造であることなどから、事故発生時の放射性物質の拡散リスクが高いと指摘されました。これらの要因から、かつては「世界で最も危険な原子力発電所の一つ」として国際的な注目を集め、欧州連合（EU）を含む諸外国から早期閉鎖が強く勧告されていました。

しかし、アルメニア国内には水力発電以外の有力なエネルギー源が乏しく、エネルギー自給率が低いという現実があります。メツァモール原子力発電所を停止した場合、深刻な電力不足に陥り、経済や国民生活に壊滅的な影響が及ぶ可能性が高いため、諸外国からの閉鎖勧告にもかかわらず、その稼働を継続せざるを得ない状況が長らく続いています。

こうした背景の中、発電所の安全性を向上させ、運転期間を延長するための取り組みが進められています。二〇一五年からは、ロシアからの融資を得て、設備の近代化と改修工事が実施されました。この改修は二〇二一年十一月に完了し、これにより二号機の運転期間を当初予定されていたものから延長し、少なくとも二〇二六年まで稼働を続けることが可能となりました。安全対策の強化や設備の信頼性向上に向けた投資が行われています。

将来的な展望としては、ロシア国営の原子力総合企業であるロスアトム社が、アルメニア原子力発電所に新たなロシア型加圧水型原子炉（VVER）を建設する可能性を探っています。二〇二二年一月二十日、ロスアトム社はアルメニア原子力発電所の経営陣との間で、新型炉建設に向けたフィージビリティスタディ（事業化調査）などの可能性に関する了解覚書を締結したと発表しました。これは、アルメニアの将来的なエネルギー需要を満たすため、既存施設の閉鎖後に新型炉に置き換える、あるいは隣接地に新規建設を行うといった選択肢を探る動きと考えられます。

また、メツァモール原子力発電所は、地域情勢の不安定さとも無縁ではありません。二〇二〇年にアルメニアとアゼルバイジャンの間で発生したナゴルノ・カラバフ紛争の最中には、発電所の安全性が懸念される事態も発生しました。同年七月十七日、対立関係にあるアゼルバイジャン側から、この発電施設に対する攻撃を示唆する発言があったことが報じられており、原子力施設が武力紛争の標的となりうるという新たなリスクが浮き彫りとなりました。幸い、実際に攻撃が行われる事態には至りませんでしたが、原子力施設の安全確保が、単なる技術的問題だけでなく、地政学的な課題でもあることを示唆する出来事でした。

このように、メツァモール原子力発電所は、アルメニアの重要なエネルギー供給源である一方で、過去から続く安全性への懸念、国際的な議論、そして地域の不安定な情勢といった複数の課題を抱えています。近代化による運転期間の延長や、将来的な新型炉導入の可能性といった動きがあるものの、その長期的な運用と安全性確保は、今後も継続的に注目される論点となるでしょう。

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