メネクセノス

プラトンの『メネクセノス』：戦死者の追悼演説と弁論術への問いかけ

プラトンの初期対話篇の一つである『メネクセノス』は、一見するとプラトンの他の作品とは異なる特異な性格を持っています。この作品は、ソクラテスと青年メネクセノスを主な登場人物とし、アテナイにおける戦死者の追悼演説を主題としています。

物語は、アゴラでソクラテスがメネクセノスと出会う場面から始まります。メネクセノスは、追悼演説者の選考会から帰ってきたところでした。その選考は翌日に延期されたとのことです。ソクラテスは、皮肉を交えながら追悼演説の素晴らしさについて語り始めます。一方、メネクセノスは、急な選考に選ばれた演説者が大変な思いをしているだろうと心配します。しかし、ソクラテスは、追悼演説はそれほど難しいものではなく、特にアテナイ人をアテナイ人に褒めるのであれば、なおさら容易であると主張します。

興味深いのは、ソクラテスが自身の弁論術の師として、ペリクレスの愛人であったアスパシアを挙げる点です。ソクラテスは、前日にアスパシアの追悼演説の練習を聞いており、その内容を覚えていると語ります。メネクセノスの頼みを受け、ソクラテスは記憶を頼りにアスパシアの追悼演説を再現します。この再現された演説が、この対話篇の大部分を占めています。メネクセノスは、ソクラテスの再現に感謝し、物語は幕を閉じます。

『メネクセノス』は、その特異な構成ゆえに、古くから偽作説が唱えられてきました。その理由としては、設定年代の不正確さ、アスパシアの追悼演説の記述に紙面の大部分が割かれていること、そして、プラトン作品に特徴的な哲学的問答がほとんどないことなどが挙げられます。しかし、アリストテレスが自身の著作『弁論術』の中でこの作品の内容に触れていることから、現在ではプラトンの真作と広く認められています。

では、プラトンはなぜこのような作品を書いたのでしょうか？その目的は未だ謎に包まれています。弁論術への皮肉、アテナイの歴史や風俗の記録、教育的な目的、あるいは単なる練習や下書きといった様々な可能性が考えられます。

『メネクセノス』は、プラトンの他の作品とは異なる、独特の魅力を持つ作品です。その特異な構成や謎めいた目的は、読者に多くの問いを投げかけます。アスパシアの追悼演説を通して、プラトンは弁論術やアテナイ社会について、何を伝えようとしたのでしょうか？この作品を読み解くことで、プラトンの哲学や、古代アテナイの社会風習に対する理解を深めることができるでしょう。簡潔な構成でありながら、深い考察を促す『メネクセノス』は、プラトン作品の中でも特筆すべき存在と言えるでしょう。

もう一度検索