モリヌークス問題

モリヌークス問題：視覚と触覚、そして認識の謎

17世紀、光学研究に造詣の深いウィリアム・モリヌークスは、哲学者ジョン・ロックに一通の書簡を送りました。その中には、哲学史上に残る難問が記されていました。それが、現在「モリヌークス問題」として知られる、先天盲者の視覚と触覚に関する問いなのです。

問題の概要

モリヌークス問題は、次のような問いを投げかけます。「生まれつき目が見えなかった人が、手術によって視力を得たとする。その人が、触覚だけで判別できる球体と立方体を、視覚だけで識別できるだろうか？」

この一見シンプルな問いは、経験と認識の本質、視覚と触覚という異なる感覚の相互作用、そして先天的な知識の有無といった、複雑な哲学的問題を孕んでいます。

歴史的背景と関連する思想

モリヌークス問題の起源は、12世紀のアラブの哲学者イブン・トファイルの著作にも類似した問題提起が見られます。しかし、トファイルは形状ではなく色の認識に焦点を当てていた点が異なります。

モリヌークス問題の背景には、デカルトの触覚と視覚の類比、および幾何学的概念に関する考え方が存在します。デカルトは、盲人が杖を使って物体の大きさを判断する様子を例に挙げ、触覚と視覚の類似性を指摘しました。しかし、ロックはデカルトのこの考えに反論し、幾何学的概念も経験によって獲得されるものだと主張しました。これがモリヌークス問題の本質的な論点の一つとなります。

様々な哲学者たちの回答

モリヌークス自身は、開眼した盲人は、視覚による球体と立方体の作用を経験していないため、識別できないと考えていました。

ロックは、視覚と触覚は異なる感覚であるため、開眼直後は識別できないが、触覚と視覚の経験を重ねることで識別可能になると考えました。彼は、視覚情報は最初は曖昧なものであり、触覚体験との結びつきを通して、初めて正確な認識に至ると主張したのです。

ライプニッツは、幾何学的な概念は理性の中に先天的に存在すると主張し、開眼した盲人は識別できると考えました。一方、バークリーは、視覚と触覚の観念は異質であり、運動を介さなければ結びつかないため、識別は不可能だと主張しました。

コンディヤックは、初期の段階でロックの考えに反論しましたが、後にその立場を修正し、ロックと同様の結論に達しました。ディドロは、モリヌークス問題に含まれる二つの問いを指摘し、開眼手術を受けた盲人の症例報告を詳細に検討することで、視覚と触覚の関連性について考察しました。

科学的アプローチと現代研究

モリヌークス問題は、18世紀以降、盛んに議論され、脳科学やメディア工学の分野においても、クロスモーダル研究として現在もなお研究が続けられています。

チェゼルデンやダヴィエルといった外科医による先天性白内障患者の開眼手術の報告は、モリヌークス問題の検証に貴重なデータを提供しました。これらの症例研究から、開眼直後には視覚による形状識別が困難であることが示唆されています。

2003年、Pawan Sinha教授率いるプロジェクト・プラカシュは、インドで先天盲の子供たちを対象とした開眼手術を行い、モリヌークス問題を検証しました。その結果、開眼直後は形状識別が困難であるという結論に至り、これまでの研究結果を支持する結果となりました。

結論

モリヌークス問題は、単なる哲学上の難問にとどまらず、認識のメカニズム、感覚の統合、そして先天性と後天性の相互作用について深く考えることを促す、非常に重要な問題です。様々な哲学者や科学者による長年にわたる議論と研究は、人間の知覚の複雑さと奥深さを改めて浮き彫りにしています。そして、この問題は、これからも脳科学や認知科学の発展に重要な示唆を与え続けることでしょう。

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