モリー (オランウータン)

モリー

モリー（1952年? - 2011年4月30日没）は、日本の動物園で長く飼育されたオランウータンのメスです。上野動物園、後に多摩動物公園でその生涯を過ごし、日本の動物園におけるオランウータン飼育の歴史において、数々の重要な足跡を残しました。特に、飼育下での日本初の出産例となったこと、そして飼育下のオランウータンとしては世界最高齢となる59歳という長寿を全うしたことは、特筆すべき功績です。また、晩年には絵を描く才能を開花させ、「モリー画伯」としても多くの人々に愛されました。その名前は「モリ」や「モーリー」とも表記されることがあります。

日本におけるオランウータン飼育の黎明期

日本にオランウータンが初めて記録されたのは古く、1792年（寛政4年）にその存在が伝えられています。しかし、長期的な飼育は非常に困難でした。戦前には数頭のオランウータンが来日しましたが、その寿命は数ヶ月から長くても2年と短く、上野動物園でも1920年代から30年代にかけて迎えられた個体は、いずれも短期間で命を終えています。日本の動物園は、大型類人猿の飼育技術や環境整備において、まだ経験が浅かったのです。

モリーの来日と新しい時代の始まり

第二次世界大戦後、日本の動物園におけるオランウータン飼育に転機が訪れます。1955年にインドネシアで開催されたバンドン会議を通じて、オランウータンの譲渡が決定し、同年11月に当時3歳だったメスが日本へやってきました。上野動物園に迎えられたこの個体こそが、モリーと名付けられたオランウータンでした。来日当初、日本の冬の寒さに戸惑ったり、病気で入院したりすることもあったモリーですが、持ち前の生命力でこれを乗り越え、日本の環境に次第に適応していきました。

繁殖の成功と課題

モリーは日本のオランウータン飼育史における画期的な出来事をもたらします。1961年（昭和36年）5月、モリーは日本で初めて飼育下で赤ちゃんを出産しました。出産の直前、モリーが突然立ち上がって天井からぶら下がるという出来事があり、生まれた赤ちゃんが落下する危険がありましたが、モリー自身が赤ちゃんを受け止め、無事に保護しました。この初めての子は「初子（はつこ）」と名付けられました。

その後、モリーは繁殖を続け、1975年（昭和50年）には4度目の出産を経験します。これは、当時のオランウータンの出産年齢および出産回数として記録的なものでした。また、1971年（昭和46年）8月には娘の初子が出産し、モリーは祖母となりました（孫は「みよ」と名付けられました）。しかし、初子は生まれた子に授乳しようとしないなど、子育て放棄が見られました。初子はこの後も出産しましたが、同様の行動を繰り返し、これは動物園で生まれ育った動物によく見られる繁殖に関する課題として、その後の飼育に示唆を与える事例となりました。

残念ながら、モリーの子どもたち4頭と、その夫となった2頭のオランウータンは、モリーほど長生きすることはなく、1999年までに全てがモリーより先に亡くなっています。

晩年と「モリー画伯」

1986年、東京都は希少動物の分散飼育を目指す「ズーストック計画」を推進しました。これにより、オランウータンは多摩動物公園で集中的に飼育されることになります。しかし、モリーはすでに高齢で繁殖能力もなかったため、移動の対象から外され、上野動物園で唯一のオランウータンとして残ることになりました。この頃には視力も衰え、片目はほぼ見えず、もう一方の目もまぶたが垂れ下がって見えにくい状態でした。そのため、手でまぶたをかき上げて物を見る仕草が、モリーのトレードマークのようになります。

高齢となったモリーに、飼育係は新しい試みを行います。2002年（平成14年）、紙とクレヨンが与えられると、モリーは興味を示し、絵を描き始めました。その独特の感性で描かれた絵は「モリー画伯」として注目を集め、個展も開かれるほどになりました。

多摩への移動、世界最高齢、そして旅立ち

2005年（平成17年）、モリーは多摩動物公園へ移動し、晩年を過ごします。2010年（平成22年）には、それまで飼育下オランウータンの世界最高齢記録だった58歳に並びました。しかし、2011年（平成23年）3月11日に発生した東日本大震災の後、モリーは大きな声を出して動揺する様子を見せ、その後は食欲を失っていきました。そして同年4月30日、老衰のため59歳で静かに息を引き取りました。

モリーの生涯は、日本の動物園におけるオランウータン飼育の礎を築き、数多くの「日本初」や「世界最高」の記録を打ち立てました。その長寿と波乱万丈な生涯は、多くの人々に感動と教訓を与え、日本の動物園史にその名を刻んでいます。

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