ヤコブ・ヨハン・アンカーストレム

ヤコブ・ヨハン・アンカーストレムとグスタフ3世暗殺事件

1792年3月16日、スウェーデン国王グスタフ3世は、ストックホルムの王立歌劇場で行われた仮面舞踏会で暗殺されました。この事件の主犯は、下級貴族出身のヤコブ・ヨハン・アンカーストレムでした。彼は、グスタフ3世の絶対王政への反感を抱き、反王室派貴族らと暗殺計画を企てたのです。

アンカーストレムと反王室派

アンカーストレムは元近衛士官で、グスタフ3世の強権的な政治に強い不満を持っていました。グスタフ3世は、反対派を容赦なく弾圧し、その中にはアンカーストレムも含まれていました。逮捕されたものの無罪となったこの経験が、彼の王への個人的な憎悪を深めたと言われています。

彼のような反感を抱く貴族は少なくありませんでした。絶対王政への反発は、一部の貴族を過激な反体制派へと突き動かしました。彼らは国王排除を画策し、暗殺計画を密かに進めていったのです。計画には、クーデターも含まれていましたが、支持者は限られており、アンカーストレムとその周辺の過激派中心の密謀でした。

暗殺計画と実行

暗殺の舞台として選ばれたのは、仮面舞踏会でした。国王の警備が手薄になると考えられたためです。計画は秘密裏に進められましたが、情報は漏れ、グスタフ3世に警告の手紙が届けられました。しかし、国王はそれを無視するか、あるいは暗殺計画を知りつつも行動を続けたと言われています。

当日は、アンカーストレムらは黒いマントに身を包み、白い仮面で顔を隠して歌劇場に潜入しました。グスタフ3世は国王であることがわかる服装で現れ、ポケットには匿名の脅迫状が入っていました。仮面舞踏会が始まると、混雑した会場の中、アンカーストレムらは国王に近づき、銃を発射しました。

直ちにオペラ座の扉は閉ざされ、近衛兵がアンカーストレムらを取り押さえました。翌日、逮捕されたアンカーストレムは犯行を自供し、40名近くの共犯者が逮捕されました。しかし、真の黒幕の存在は、最後まで明らかになりませんでした。グスタフ3世は重傷を負い、13日後に亡くなりました。暗殺は成功しましたが、クーデターは失敗に終わり、アンカーストレムらは国民の激しい怒りを買ったのです。

処刑とその後

アンカーストレムは貴族の身分を剥奪され、死刑を宣告されました。鞭打ち、右手切断の後、公開斬首刑に処せられました。共犯者の一部も投獄されました。事件はヨーロッパ中に衝撃を与え、グスタフ3世は国民的英雄として記憶されることになります。

アンカーストレムの遺族は改名し、贖罪として病院を建設、国に寄付しました。この事件は、ヴェルディのオペラ『仮面舞踏会』の題材にもなったほか、プロスペル・メリメの短編小説にも描かれています。グスタフ3世の暗殺は、スウェーデンの歴史における大きな転換点であり、ヨーロッパの歴史にも大きな影響を与えたのです。

参考文献

武田龍夫『物語 スウェーデン史 バルト大国を彩った国王、女王たち』新評論、2003年
武田龍夫『北欧悲史 悲劇の国王、女王、王妃の物語』明石書店、2006年

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