ヤコポ・デッラ・クエルチャ

ヤコポ・デッラ・クエルチャ（Jacopo della Quercia, 1374年頃 - 1438年10月20日）は、ルネサンス初期のイタリア、シエナ派を代表する彫刻家です。同時代の巨匠、ブルネレスキ、ギベルティ、ドナテッロらと並び称され、後世のミケランジェロに影響を与えた先駆者としても知られています。

生涯と初期の活動

ヤコポは、シエナ近郊のクエルチャ・グロッサという村で生まれ、この地名が彼の姓の由来となりました。初期教育は、木彫師で金細工職人であった父ピエロ・ダンジェロから受けました。シエナ大聖堂の説教壇を手がけたニコラ・ピサーノやアルノルフォ・ディ・カンビオの作品に触発されたことも、彼の芸術形成に大きな影響を与えたと考えられます。16歳の時に、アッツォ・ウバルディーニの葬儀のために騎馬像を制作したのが、最初の仕事とされています。しかし、当時の派閥争いによる混乱を避けるため、父とともにルッカへと移住しました。

芸術的転換と初期の作品

ルッカ滞在中、ヤコポはピサのカンポサントにあった古代ローマの彫刻や石棺（サルコファガス）から学びました。彼の作品には、ゴシック様式からルネサンス様式への移行期の特徴が顕著に表れており、特に古代ローマの彫刻の影響が見られます。ギベルティやドナテッロといった同時代の彫刻家たちの影響も受けていたと考えられています。

ルッカ大聖堂の「悲しみの人（キリスト）」や「聖アニエッロ」の墓のレリーフは、ヤコポの初期の作品とされています。1401年には、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂サン・ジョヴァンニ洗礼堂のブロンズ製扉のデザインコンクールに参加しましたが、ギベルティに敗れました。落選した作品は現存していません。

1403年にはフェラーラへ移り、フェラーラ大聖堂の「聖母子」像や「聖マウレリウス」像などの大理石像を制作しました。これらの作品は現在、ドゥオーモ美術館に展示されています。

ルッカでの活躍と転機

1406年、ルッカに戻ったヤコポは、パオロ・ギニージから、2番目の妻イラリア・デル・カッレットの墓碑をルッカ大聖堂に制作するよう依頼されました。この墓碑は、繊細なゴシック様式で装飾されたイラリアの像がサルコファガスの上に横たわり、足元には貞節を象徴する犬が配されています。墓の側面には裸のプット（幼児像）が配置され、カンポサントの古代ローマの石棺の影響がうかがえます。この作品は、初期ルネサンスの始まりを告げる先駆的なものとして高く評価されています。

シエナでの活動と「ガイアの泉」

同じく1406年、ヤコポはシエナのカンポ広場の泉を改修する仕事を依頼されました。かつて女神ウェヌス像があった泉は、ペスト流行の原因とされ破壊され、その「魔手」を避けるため町の外に埋められました。この依頼は、ヤコポが既にシエナで著名な彫刻家であったことを示しています。新しい泉は「ガイア（喜び）の泉」と名付けられ、聖母マリアに捧げられました。大理石製の長方形の泉には、多くの彫像と噴水口が飾られました。この泉は1414年に着工し、1419年に完成しました。現在は、1858年に複製と取り替えられたオリジナルの彫刻がプッブリコ宮に展示されています。また、同時期にはシエナ大聖堂近くの彫刻工場でパネルも制作しました。

訴訟とトゥレンタ礼拝堂

1412年、裕福な商人ロレンツォ・トゥレンタからの依頼で、ヤコポはルッカのサン・フレディアーノ聖堂のトゥレンタ礼拝堂のデザインに着手しました。しかし1413年、彼は助手とともに盗み、レイプ、男色などの重罪で訴えられました。ヤコポはシエナに逃亡し（そして「ガイアの泉」の制作に取りかかりました）、助手は3年の服役刑を受けました。1416年3月には安全通行権を得て一度だけルッカに戻り、トゥレンタ家礼拝堂の祭壇制作を再開しました。

その後の活動と「ポルタ・マグナ」

1416年、ギベルティがシエナ大聖堂サン・ジョヴァンニ洗礼堂の六角形の洗礼盤とブロンズ製パネルのデザインを依頼された際、ヤコポも政治的混乱からこのプロジェクトに参加しました。しかし、「ガイアの泉」とトゥレンタ礼拝堂の仕事もあったため、「聖ザカリアへの告知」1つしか制作しませんでした。フィレンツェでのブロンズ製扉のコンクールでの落選以来、ブロンズの仕事にあまり乗り気ではなかったとされています。1421年には、サン・ジミニャーノのコッレジャータ教会の「受胎告知」と「聖母」「ガブリエル」の木像を彫刻しました。これらの作品は、大理石像に匹敵するほどの出来栄えで、ヤコポが木彫りにおいても優れた才能を持っていたことを示しています。

晩年、ヤコポはますます精力的に活動し、複数の仕事を同時進行で進めました。1427年には、シエナ大聖堂の洗礼堂のために洗礼盤上部のデザインを依頼されました。天蓋付き壁龕の上の「洗礼者ヨハネ」像もヤコポが制作したとされています。

1425年には、ボローニャのサン・ペトロニオ聖堂のポルタ・マグナ（中央玄関）のデザインという大仕事を依頼されました。この仕事には、亡くなるまでの13年間を費やしました。扉の両側には、渦巻き状の装飾が施された脇支柱、9人の預言者の胸像、旧約聖書の5つの場面のレリーフが配されました。特に「アダムの創造」のデザインは、「ガイアの泉」のデザインを反転させたもので、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の「創世記」を描く際に参考にしたとされています。扉の上のアーキトレーブには新約聖書の5つの場面が、半円形の壁面には「聖母子」、「聖ペトロニウス」、「聖アンブロシウス」の彫像が配置されています。この作品は、ヤコポの最高傑作として高く評価されています。

晩年と死

1434年、ポルタ・マグナの制作中に、ヤコポはシエナからロッジャ・ディ・サン・パオロのデザインを依頼されましたが、完成させることなく亡くなりました。晩年には、シエナから騎士の称号を与えられ、シエナ大聖堂の職人という重要な地位を得ました。1438年に亡くなり、シエナのサンタゴスティーノ教会に埋葬されました。

ヤコポは生前、ギルベルティ、アントニオ・フィラレーテ、ジョヴァンニ・サンティといった同時代の人々から高く評価されていました。ジョルジョ・ヴァザーリの著書『画家・彫刻家・建築家列伝』にもその名が記されています。

主な作品

アッツォ・ウバルディーニの葬儀のための木の騎馬像（1400年？）
シエナ大聖堂のピッコローミニ祭壇の上の「聖母」（1397年 - 1400年）
聖母子（シルヴェストリの聖母）（1403年） - 大理石。高さ210cm。フェラーラ大聖堂。
聖マウレリウス（1403年頃） - フェラーラ大聖堂。
イラリア・デル・カッレットの墓碑（1406年頃） - ルッカ大聖堂。
ガイアの泉（1408年 - 1419年） - シエナ。
徳（1409 - 1419年） -大理石。高さ135cm。シエナ、プッブリコ宮。
希望（1409 - 1419年） -大理石。シエナ、プッブリコ宮。
アッカ・ラレンティア（1414 - 1419年） -大理石。高さ162cm。シエナ、プッブリコ宮。
レア・シルウィア（1414 - 1419年） -大理石。高さ160cm。シエナ、プッブリコ宮。
受胎告知/聖母/ガブリエル - サン・ジミニャーノ、コッレジャータ教会。
トゥレンタ家祭壇の多翼祭壇画（1422年） - ルッカ、サン・フレディアーノ聖堂。
ポルタ・マグナ（1425年） - ボローニャ、サン・ペトロニオ聖堂。
噴水、パネル、「洗礼者ヨハネ」像（1427年） - シエナ大聖堂サン・ジョヴァンニ洗礼堂。

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