ヤン・マサリク

ヤン・ガリッグ・マサリクは、1886年にチェコスロバキアの初代大統領トマーシュ・マサリクの息子としてプラハで生まれました。彼は外交官、政治家として活躍しましたが、その生涯は波乱に満ちたものでした。

生い立ちと外交官としてのキャリア

プラハとアメリカで教育を受けたマサリクは、第一次世界大戦中にオーストリア＝ハンガリー軍に従軍。大戦後、1918年にチェコスロバキアが独立を宣言すると、1919年に外交官の道へ進み、駐米代理大使、そして駐英大使を歴任しました。

1938年、ミュンヘン協定によりズデーテン地方がドイツに割譲されることが決定すると、マサリクは協定書を受け取ったチェコスロバキア代表の一人として、その屈辱に涙を流したと言われています。抗議のため大使を辞任した後も、彼はロンドンに留まりました。

亡命政権での活躍と帰国

1939年、ドイツがチェコ全土を占領し、チェコスロバキアが事実上消滅すると、1940年にロンドンで亡命政権が樹立され、マサリクは外務大臣に就任。第二次世界大戦中、彼はBBC放送を通じて、ドイツ占領下のチェコスロバキア国民を励まし続けました。

1945年、チェコスロバキアはソ連軍によって解放され、マサリクは帰国。エドヴァルド・ベネシュが大統領に復帰すると、再び外務大臣として入閣しました。

冷戦下の苦悩

しかし、戦後のチェコスロバキアはソ連の影響下に置かれ、共産党が勢力を拡大。1946年の選挙で共産党が第一党となると、クレメント・ゴットワルドを首班とする国民戦線政府が成立し、マサリクも外務大臣として留任せざるを得ませんでした。

冷戦が激化する中、チェコスロバキアはマーシャルプランへの参加をソ連に阻まれ、国内の政治対立は深刻化。1948年2月、非共産系の閣僚が辞任すると、共産党はソ連の支援を受けながらクーデターを敢行し、ゴットワルドを首班とする新政権が発足。マサリクは再び外務大臣として留任しました。

謎に包まれた死

しかし、その直後の1948年3月10日、マサリクは外務省の中庭で、パジャマ姿の遺体となって発見されました。死因は転落死と発表されましたが、真相は謎に包まれています。

当初は自殺説が有力視されましたが、冷戦終結後、秘密文書の公開が進むにつれて、共産主義者による暗殺説が有力視されるようになりました。マサリクの死は、第三次プラハ窓外投擲事件とも呼ばれ、長年にわたって議論の対象となっています。

マサリクの死は、チェコスロバキアの民主主義が崩壊し、共産主義体制が確立される過程における悲劇的な出来事として、深く記憶されています。

参考文献:
* クレア・スターリング『チェコ戦後史の謎　マサリク外相の死』茂木政・河合伸訳、鹿島研究所出版会、1971年

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