ユフラテの樹

ユフラテの樹：手塚治虫が描いた超常能力と人間の葛藤

手塚治虫の漫画作品『ユフラテの樹』は、1973年4月号から1974年3月号にかけて学習研究社の雑誌『高一コース』に連載されました。南九州の孤島を舞台に、脳機能を飛躍的に向上させる謎の実「ユフラテの実」をめぐる高校生3人組の物語が展開します。

物語は、百引高校に通う大矢、鎌、シイ子の3人組が、夏休みを利用して鎌の伯父が所有する孤島「恵法場島」を訪れることから始まります。そこで彼らは、リンゴに似た外見を持つユフラテの実と、その実の樹の存在を知ることになります。

伯父である鎌庄之助は、既にユフラテの実を食べて超常能力を得ていましたが、その危険性を悟り、3人に口外しないよう厳しく警告します。しかし、大矢は密かに実を持ち帰り、3人で分けて食べてしまいます。

ユフラテの実を食べたことで、大矢は知能が飛躍的に向上し、鎌は念力、シイ子は天才的なピアノ演奏能力を手に入れます。しかし、その力は同時に大きな歪みをもたらします。鎌は念力で金貸しを殺害し、その力を悪用して世界征服を企て始めるのです。

鎌の暴走を止めようとする大矢とシイ子ですが、鎌はドルベスチンの効果が消えることを恐れ、シイ子を連れて再び恵法場島へ行き、ユフラテの実を独り占めしようとします。しかし、そこで庄之助（の亡霊）が現れ、鎌の企てを阻止します。最終的に、ユフラテの実は鳥によって運び去られ、ユフラテの樹も焼失してしまいます。

事件の後、3人はユフラテの実による能力を失い、ユフラテの樹に関する記憶も全て失ってしまいます。この物語は、科学技術の進歩と人間の倫理、そして超常現象の持つ危険性を問いかける、手塚治虫らしい深遠なテーマを含んでいます。

手塚治虫自身は、この作品について「結末を決めずに描き出したが、登場人物が勝手に動き出して上手くまとまった」と述べています。また、タイトルの由来となった「ユフラテ」については、連載開始時には何か思いがあったかもしれないが、単行本のあとがきを書く時点では思い出せないとも語っています。

興味深いのは、本作の創作背景です。当時のソビエト連邦を始めとする各国政府機関がESP開発に積極的に取り組んでいたことが、新聞や雑誌を賑わせていました。手塚治虫は、この社会情勢と聖書の「禁断の果実」を組み合わせることで、本作の着想を得たと述べています。

『ユフラテの樹』は、単なるSF冒険譚ではなく、人間の欲望と倫理、科学技術の進歩の光と影を複雑に織り交ぜた作品です。そして、その結末は読者に多くの余韻を残し、考えさせる余地を与えてくれるでしょう。

主な登場人物は、主人公の3人組である大矢、鎌、シイ子、恵法場島に住む民生委員である丹波、そして鎌の伯父である鎌庄之助、そして鎌の犯行を捜査する刑事などです。特に鎌のキャラクターは、超能力を得たことで傲慢になり、暴走していく様が印象的です。

『ユフラテの樹』は、大都社、講談社、秋田書店などから何度も刊行されており、現在でも多くの読者に親しまれています。また、2006年に発売されたニンテンドーDS用ゲーム『ブラック・ジャック 火の鳥編』では、架空の薬品として「ドルベスチン」という名称が使用されており、本作との繋がりを感じさせる点も注目されます。

手塚治虫の他の作品と比較しても、『ユフラテの樹』は独特の雰囲気とテーマを持っています。超常現象を題材としながらも、人間の内面や倫理問題を深く掘り下げた、まさに手塚治虫らしい作品と言えるでしょう。

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