ユーリ・ロトマン

ユーリ・ロトマン：文化記号論の巨匠

ユーリ・ミハイロヴィチ・ロトマン（1922年-1993年）は、20世紀を代表する記号学者、文化歴史学者です。ロシアのサンクトペテルブルクに生まれ、エストニアのタルトゥ大学で長年にわたって教鞭をとり、その研究は世界中に影響を与えました。ユダヤ系知識人家庭に育ち、姉たちもそれぞれ音楽、医学、文学の分野で活躍した知的な家系に生まれました。

1939年、レニングラード州立大学に入学。文献学を専攻し、ウラジーミル・プロップやボリス・トマシェフスキーといった著名な学者たちの薫陶を受けました。第二次世界大戦中は砲兵隊に所属しましたが、戦後大学に戻り、1950年に学位を取得。初期の研究は18、19世紀のロシア文学と社会思想に焦点を当てていました。しかし、反ユダヤ主義の影響もあり、研究者としての地位を確立することに苦労しました。

1950年代、ロトマンはエストニアに移住し、タルトゥ教師協会、そしてタルトゥ大学のロシア語・ロシア文学学部で教鞭をとるようになります。その後、同学部の学部長も務めました。

1960年代初頭、彼はモスクワの構造主義言語学者たちと交流を深め、1964年には、カアリク（ヴォルガ県の村）で初めてのサマースクールを開催。このサマースクールは、後に「タルトゥ・モスクワ学派」として知られる、文化記号論の中心地となりました。ボリス・ウスペンスキー、ヴャチェスラフ・イヴァノフ、ウラジーミル・トポロフなど、錚々たるメンバーが集結し、文化記号論の理論的枠組みを構築しました。

ロトマンの研究は多岐に渡り、文化理論、ロシア文学、歴史、記号論、映画の記号論、芸術、文学、さらにはロボティクスにも及んでいます。特に、ロシア文学、中でもプーシキン研究、そして記号論・構造主義の分野での貢献は顕著です。『映画の記号論』『詩的テキストの分析』『芸術的テキストの構造』といった著作は、今もなお高く評価されています。1984年には、「セミオスフィア」という概念を提唱し、学界に大きな衝撃を与えました。1991年には文献学の権威ある賞である「金メダル」を受賞しています。

タルトゥ大学出版から刊行された学術誌『Sign Systems Studies』は、記号論の分野で最も歴史のある学術誌として知られています。ロトマンの著作は数多くの言語に翻訳され、世界中で読まれています。

ロトマンの妻、ザラ・ミンツもロシア文学研究者として知られており、二人の間には3人の息子がいました。長男のミハイルは記号論、文学理論の教授としてタリン大学で教鞭をとり、政治活動にも携わりました。次男のグリゴリーはアーティスト、三男のアレクセイは生物学者で、政治家としても活動しました。

1993年に亡くなったロトマンですが、その業績は今もなお世界中の研究者によって高く評価されています。2022年には生誕100周年を記念した国際学会が開催され、タリン大学とタルトゥ大学には特設ウェブサイトが開設されるなど、その名声は衰えることを知りません。彼の残した膨大な著作と、文化記号論への貢献は、今後も多くの研究者たちにインスピレーションを与え続けるでしょう。

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