ヨーロッパミヤマクワガタ

ヨーロッパミヤマクワガタ（Lucanus cervus）

ヨーロッパミヤマクワガタは、クワガタムシ科ミヤマクワガタ属に分類される昆虫で、ヨーロッパを中心に広く分布しています。その堂々とした姿は、ヨーロッパ最大の昆虫としても知られています。

名称

和名としては「ヨーロッパミヤマクワガタ」が一般的ですが、種小名の「cervus」から「ケルブスミヤマクワガタ」、あるいは「ユーロミヤマクワガタ」と呼ばれることもあります。学名の「Lucanus」は大プリニウスが古代イタリアの地名「Lucania」から取ったとされています。

ヨーロッパの各国語では、雄の大顎をシカやウシになぞらえた名前が多く見られます。例えば、英語の「stag beetle」（雄鹿のクワガタ）、スペイン語の「ciervo volante」、フランス語の「cerf volant」、ドイツ語の「Hirschkäfer」などがあります。

分布

ヨーロッパミヤマクワガタは、イギリス南部からヨーロッパ全域、小アジア、ロシア南西部にかけて分布しています。

形態

日本産のミヤマクワガタと比較して、全体的に横幅があり、特に頭部が大きいのが特徴です。体表の微毛は少なく、光沢があります。幼虫期の栄養状態によって成虫の大きさが左右され、個体変異も大きいことが知られています。大型個体では頭部の突起（頭楯）が発達し、大顎の先端が二股に分かれることがあります。また、大顎には大きな内歯が1つ発達し、その前後に小さな歯が鋸状に生じます。体色は赤みがかった黒色ですが、黒みが強い個体も存在します。触覚の先端は4節です。

生態

成虫は春から夏にかけて活動し、8月中にはほとんど見られなくなります。コナラ属やクリ属などの広葉樹の樹液や果汁に集まり、灯火にも飛来します。成虫の活動期間は2～3ヶ月と比較的短い期間です。

幼虫は3齢を経過し、2～5年かけて蛹になります。夏に羽化した個体は、翌年の夏になってから蛹室から出てくることもあります。日本のミヤマクワガタと比較して、腐葉土よりも腐朽が進んだ木を好んで食べる傾向があります。

成虫の捕食者としては、カササギやチョウゲンボウなどの鳥類、アカギツネやヨーロッパトガリネズミなどの哺乳類が挙げられます。幼虫はイノシシやヨーロッパアナグマなどに捕食されます。しかし、研究者の多くは、本種にとって最も大きな脅威は、生息地を減少させる人間であると考えています。

保護

ヨーロッパミヤマクワガタは、個体数が減少傾向にあり、保護の対象となっています。Berne Conventionの附属書IIIやEUのHabitats Directiveの附属書IIに記載されており、イギリスではWildlife and Countryside Act 1981のSchedule 5に指定されています。生物多様性保護のフラッグシップ種として認識されており、保護活動が行われています。ドイツのレッドリストでは「絶滅危惧II類」に指定されています。

文化

ヨーロッパミヤマクワガタは、ヨーロッパにおけるクワガタムシのシンボル的存在であり、切手のデザインにも多く用いられています。古代ギリシアのソポクレスの時代から、ヨーロッパの文献に記録が残されています。古代ローマ時代には、子供の病気のお守りとして用いられたという記録もあります。ルネサンス期のアルブレヒト・デューラーから、アール・ヌーヴォーのアルフォンス・ミュシャ、シュルレアリスムのフェリックス・ラビッスまで、様々な芸術家によって絵画や工芸品のモチーフとして取り上げられています。

飼育

日本産のミヤマクワガタよりも大型であることや、ヨーロッパ以外にも亜種が存在することから、人気のある種です。しかし、成虫の寿命が短く、輸送などの環境変化に弱いため、一般的には流通量が少ないです。

ミヤマクワガタとは異なり、夏季に気温が高くなる平地にも分布するため、高温にもある程度耐性があります。しかし、成虫・幼虫ともに25℃以下で飼育することが望ましいです。産卵は比較的容易で、多産する傾向があります。

亜種

ヨーロッパミヤマクワガタには、以下の亜種が確認されています。

原名亜種 L. c. cervus (Linnaeus, 1758)：ヨーロッパ大陸に広く分布し、大顎の赤みが濃いのが特徴です。
**L. c. turcicus Sturm, 1843*：トルコ、ブルガリア、ギリシア、ルーマニアに分布し、大顎の内歯が弱く湾曲しています。
**L. c. akbesianus Planet, 1896（アクベシアヌスミヤマクワガタ）*：シリアとトルコの国境付近に産し、体長が90mmを超える大型種です。
**L. c. judaicus Planet, 1902（ユダイクスミヤマクワガタ）*：シリア、トルコの国境付近およびアラブに分布し、アクベシアヌスミヤマクワガタと並んで世界最大級のミヤマクワガタです。
**L. c. laticornis Deyrolle, 1864*
**L. c. syriacus Planet, 1897**

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