ライムンド・ヘリンクス

イギリスを代表するバス・バリトン歌手

ライムンド・レイモンド・フレデリック・ヘリンクス（Raimund Raymond Frederick Herincx）は、1927年 8月23日にこの世に生を受け、2018年 2月10日にその生涯を終えた、イギリスの著名なバス・バリトン歌手です。ロンドンの地で生まれた彼は、後に国際的なキャリアを築き上げることになります。

ヘリンクスの音楽的な旅立ちは、ロンドン大学への進学から始まりました。彼はアカデミックな学びを深める傍ら、声楽への情熱を追求します。特に1949年から1953年にかけての数年間は、集中的な声楽修業のために海外での研鑽を積みました。この期間、彼はベルギーのアントウェルペンやブリュッセル、さらにはスペインのバルセロナといったヨーロッパ各地を訪れ、名だたる声楽教師たちの指導を受けました。彼の師として知られるのは、ジョヴァンニ・ヴァッリ、サミュエル・ヴォルシントン、そしてヴィダ・ハーフォードといった面々です。彼らからの薫陶は、ヘリンクスの豊かな声質と確かな歌唱技術の基盤となりました。

舞台歌手としての第一歩は、海外での学びの途上にありました。1950年、彼はベルギーの地で初めてオペラの舞台に立ち、その才能の片鱗を見せます。その後、イギリスに戻ったヘリンクスは、国内の主要な歌劇場での活動を開始しました。特に、サドラーズウェルズ劇場（現イングリッシュ・ナショナル・オペラ）は、彼のキャリアにおいて重要な位置を占めます。彼は1957年から1967年までの10年間にわたり、同劇場の主要メンバーとして数多くの公演に出演し、レパートリーを広げ、その評価を確固たるものにしました。

サドラーズウェルズでの充実した期間を経て、ヘリンクスはイギリスオペラ界の最高峰ともいえる舞台への道を切り開きます。1968年、彼はロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場に初めて登場しました。そのデビュー公演は、現代イギリスを代表する作曲家の一人、マイケル・ティペットによるオペラ《真夏の結婚》の上演であり、彼はこの作品でフィッシャー王という重要な役を務めました。この成功により、ヘリンクスはコヴェントガーデンという権威ある劇場の舞台に確固たる足場を築きました。

ヘリンクスのキャリアの特筆すべき点は、20世紀後半の重要な現代オペラ作品の初演に深く関わったことです。彼は新しい音楽、特にイギリスの現代作曲家たちの作品の紹介に貢献しました。1970年には、再びマイケル・ティペットの作品に関わり、オペラ《ノット・ガーデン》の初演でファーバー役を歌いました。さらに1972年には、ピーター・マックスウェル・デイヴィスの意欲作《タヴァーナー》の初演において、ホワイト・アボット役という中心的な役柄を演じ、作品の世界観構築に貢献しました。1976年には、ドイツの作曲家ハンス・ヴェルナー・ヘンツェのオペラ《我らはこの川に来る》の初演に参加し、知事役を務めるなど、その活動範囲は国際的な現代作品にも及びました。

これらの初演への継続的な参加は、ヘリンクスが単なるレパートリー歌手にとどまらず、新しい時代の音楽を積極的に探求し、その実現に尽力したアーティストであったことを物語っています。彼の力強くも表現豊かなバス・バリトンの声は、これらの複雑で要求の高い現代作品においても遺憾なく発揮され、各作品の成功に大きく貢献しました。

ライムンド・ヘリンクスは、伝統的なレパートリーはもちろんのこと、特に現代オペラにおける重要な役割を担い、その多才な歌唱力で多くの聴衆を魅了しました。彼の残した業績は、20世紀後半のイギリスオペラ史において、確かに重要な一頁を占めています。

もう一度検索