ラルストニア属

ラルストニア属

ラルストニア属（Ralstonia）は、自然界に広く分布する真正細菌の一群です。生物分類学上は、プロテオバクテリア門に属するベータプロテオバクテリア綱、その中のバークホルデリア目、さらにバークホルデリア科に位置づけられています。この属名は、アメリカ合衆国のカリフォルニア大学デービス校で食品細菌学の教授を務めていたエリカ・ラルストン（Ericka Ralston）氏の功績に敬意を表して名付けられました。

分類上の変遷

ラルストニア属は、当初は多くの種を含む比較的大きなグループとして認識されていました。一時期は14種が知られていましたが、その後の詳細な分類学的研究、特に遺伝子解析やゲノム解析が進んだ結果、多くの種が近縁の異なる属へ再分類されることになりました。特に、カプリアビダス属（Cupriavidus）への移管が多く行われ、一時的にラルストニア属として残った種は5種のみという状況になりました。このような分類の変更は、細菌の系統関係に関する知見が深まるにつれて、しばしば行われるものです。

注目すべき研究事例

かつてラルストニア属に分類されていたある種の細菌が、革新的な研究の対象として大きな注目を集めました。それは、ラルストニア・ユートロファH16株（Ralstonia eutropha H16）として知られていた細菌です（注：この細菌は現在、ワウテルシア属（Wautersia）に分類されています）。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは、この細菌に対し、遺伝子を人工的に改変する手法を用いました。この改変の目的は、細菌が空気中の二酸化炭素（CO2）を炭素源として利用し、太陽光発電などで得られた電気エネルギーを使って、イソブタノールというアルコールの一種を生産できるようにすることでした。イソブタノールは、既存の石油関連インフラで取り扱うことが可能な、高エネルギー密度の液体燃料となり得ます。

この研究プロジェクトは、アメリカ合衆国エネルギー省からの資金援助を受け、「Electrofuel（エレクトロフューエル）」、すなわち電気エネルギーを利用して作られる燃料の開発を目指すものでした。化石燃料に代わる持続可能なエネルギー源を開発する取り組みの一環として、CO2を有効利用するバイオテクノロジーへの期待が高まりました。この事例は、たとえ分類が変更されたとしても、かつてラルストニア属として研究された細菌が持つ潜在能力を示す重要な一例と言えます。

現在のラルストニア属に含まれる種

2024年9月現在、国際細菌学名リスト（IJSEM）に正式に承認されているラルストニア属の種は以下の通りです。

Ralstonia chuxiongensis (Lu et al. 2023)
Ralstonia insidiosa（ラルストニア インシディオーサ）(Coenye et al. 2003)
Ralstonia mannitolilytica（ラルストニア・マンニトリティカ）(corrig. De Baere et al. 2001)
Ralstonia mojiangensis (Lu et al. 2023)
Ralstonia nicotianae (Liu et al. 2023)
Ralstonia pickettii（ラルストニア・ピッケティ）((Ralston et al. 1973) Yabuuchi et al. 1996)
Ralstonia pseudosolanacearum（ラルストニア・シュードソラナセラム）(Safni et al. 2014)
Ralstonia solanacearum（青枯病菌）((Smith 1896) Yabuuchi et al. 1996)
Ralstonia soli (Lu et al. 2023)
Ralstonia syzygii（ラルストニア・シジギイ）((Roberts et al. 1990) Vaneechoutte et al. 2004)
Ralstonia syzygii subsp. indonesiensis (Safni et al. 2014)
Ralstonia syzygii subsp. syzygii ((Roberts et al. 1990)Safni et al. 2014)
Ralstonia syzygii subsp. celebesensis (Safni et al. 2014)
Ralstonia wenshanensis (Lu et al. 2022)

また、IJSEMに未承認ながら提案されている種も複数存在します（例：「Ralstonia condita」など）。

かつてラルストニア属に分類されていた主な種

過去にラルストニア属として知られていたものの、現在は異なる属へ再分類された代表的な種には以下のようなものがあります。

Ralstonia basilensis → 現在はCupriavidus basilensis
Ralstonia campinensis → 現在はCupriavidus campinensis
Ralstonia eutropha → 現在はWautersia eutropha
Ralstonia gilardii → 現在はCupriavidus gilardii
Ralstonia metallidurans → 現在はCupriavidus metallidurans
Ralstonia oxalatica → 現在はCupriavidus oxalatica
Ralstonia paucula → 現在はCupriavidus paucula
Ralstonia respiraculi → 現在はCupriavidus respiraculi
Ralstonia taiwanensis → 現在はCupriavidus taiwanensis*

これらの種の再分類は、分子系統解析などの進展に基づいています。

ゲノム研究

ラルストニア属および関連する細菌種のゲノム解析も進められています。ゲノム情報の蓄積は、これらの細菌の持つ代謝能力や生態における役割、病原性などの理解を深める上で非常に重要です。Genomes OnLine Database (GOLD)などの公開データベースでは、ラルストニア属に関するゲノムプロジェクトの情報が参照できます。

ラルストニア属は、分類上の変遷を経ながらも、植物病原菌として知られる種（青枯病菌など）や、環境中での物質循環に関わる可能性を持つ種を含む、多様な細菌グループです。その研究は、基礎科学的な興味だけでなく、農業や環境、さらには再生可能エネルギーといった応用分野においても続けられています。

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