ランドナー

ランドナー：フランス生まれの旅自転車とその歴史

ランドナー（Randonneur）は、フランス語で「小旅行」を意味する「ランドネ」に由来する、フランス発祥の自転車旅行用自転車です。その歴史、デザイン、そして日本のランドナー文化までを詳しく見ていきましょう。

欧米におけるランドナー：石畳とブルベの遺産

フランスでは、ランドナーは「ランドヌーズ」と呼ばれ、太いホイール（650Bなど）が特徴です。これは、フランスに多い石畳の道路（パーヴェ）で溝にはまらないよう工夫された結果です。初期のランドナーは、ブルベと呼ばれる超長距離サイクリングイベント用として開発され、スポルティーフに近い設計で、限られた時間内にコースを走り切ることを目的としていました。フランス製のランドナーは、洒脱なデザインと、タイヤ、ハンドルバー、ブレーキ、ダイナモなど、各部品の特徴的なデザインが魅力です。

一方、フランス以外のヨーロッパでは、それぞれの地域で独自のツーリング車が使われていました。イギリスではクラブモデルと呼ばれる自転車があり、26インチホイールながら650A系統のサイズでフランスのランドナーとは互換性がありませんでした。イギリスの気候を考慮し、内装3段変速が好まれました。1980年代には、ラレー社がRaleigh Randonneurを発売し人気を博しました。

アメリカでは、日本のランドナー文化と同様にフランスからの輸入が起源です。初期はロードバイクにキャリアとバッグを取り付けるのが一般的でしたが、JPウォーゲルなどによるオーダーメイドも存在しました。2000年代には、Surly社のLong Haul TruckerといったMTBベースのランドナーが登場し、ルネ・エルスの娘であるリリー・エルスがアメリカのコンパスサイクルと共同事業を開始するなど、ランドナー文化は独自の進化を遂げています。

日本におけるランドナー：職人気質と独自の進化

日本へは、第二次世界大戦後に鳥山新一氏によって持ち込まれたルネ・エルスの自転車が起源とされています。丸都自転車（現・東叡社）などの工房で製作が始まり、スポルティーフとともにフランス系のツーリング車として認知されました。日本の職人気質が、ランドナーを独自の形へと発展させていきました。

当初はイギリス式のクラブモデルが用いられていましたが、日本の山岳地帯の環境には不向きでした。そのため、ワイドレシオのギア比と太いタイヤを備えたランドナーが好まれるようになりました。1970～80年代のサイクリングブームにより、大手自転車メーカー各社から様々なランドナーが販売されました。ブリヂストン、ミヤタ、日米富士、パナソニック、片倉、丸石、山口など、多くのメーカーがランドナーを製造していました。多くのサイクルショップでもオーダーやセミオーダーを受け付けており、多様なランドナーが存在しました。

ランドナーは、当初は小旅行程度の荷物を積載するものでしたが、大学サイクリング部の合宿や日本一周など、長距離サイクリングにも使用されました。パニアバッグやサイドバッグ、キャリアへの積載など、様々な工夫が凝らされました。キャンピング車として、重装備・長距離走行を前提とした専用の車種もオーダーされ、大手メーカーからも販売されていました。

1970年代後半からは、山岳サイクリングが盛んになり、ランドナーを改造したパスハンターも登場しました。ドロップハンドルをフラットハンドルに変更し、キャリアやマッドガード、トウクリップなどを外すことで、山岳走行に対応していました。MTB普及以前、山岳サイクリストの間で広く愛用されていました。

ランドナーの衰退と復活の兆し

1980年代後半以降、MTBとロードバイクの普及により、ランドナーは衰退しました。道路整備の進展や、ツーリングスタイルの変化（スポット的なサイクリングへのシフト）なども影響しました。大手メーカーによるランドナーの販売はほとんどなくなりました。

近年、かつてランドナーに乗っていた世代を中心に、再びランドナーへの関心が高まっています。しかし、完成車の販売メーカーは限られ、入手はハンドメイド工房へのオーダーが中心となっています。特殊性が高く、専門知識が必要となるため、一般的なツーリング用途ではクロスバイクやシクロクロス、マウンテンバイクが代わりに用いられることが多いです。

ランドナーの構成要素：細部へのこだわり

ランドナーの構成要素を詳しく見ていきましょう。

タイヤ: 650Aや650B規格の太めのタイヤが使用されます。これは、悪路走破性や積載量、当時の未舗装道路事情を反映したものです。タイヤ幅は32～44mm程度です。

泥除け: 軽量なアルミ合金製の泥除けが装備されます。アルマイト加工されたものや、バフ仕上げされたものなどがあります。

キャリア: フロントキャリアとリアキャリアが装備されるのが一般的です。フロントバッグやサドルバッグ、電装品などを装着します。サイドキャリアも使用される場合があります。

電装品: ヘッドランプ、テールランプ、リフレクター、ダイナモが装備されます。最近はLEDランプも多用されます。外装式ダイナモは走行抵抗が大きいため、ハブダイナモに置き換わる傾向があります。

ハンドル: ランドナー用のドロップハンドル（ランドナーバー）を使用します。フロントバッグとの干渉を避けるため、独特の形状をしています。フラットバーやプロムナードバーを使用するケースもあります。

ペダル: トークリップとストラップ、またはビンディングペダルが使用されます。

フレーム: クロモリ鋼が伝統的に使用されます。アルミフレームに比べて重量は増えますが、強度、振動吸収性に優れています。ヘッド角やシート角が寝ており、ゆったりとした設計が特徴です。

ラグ工法: フレームのチューブを接続する継ぎ手に装飾的な意匠が施されることがあります。

ブレーキ: カンチレバーブレーキが主に使用されます。輪行やメンテナンスの容易さ、故障の少なさが特徴です。

コンポーネント: 昔はフランス製の部品が多く使われましたが、現在はロードバイクやMTB用のコンポーネントが多く使用されます。

輪行: ランドナーは輪行を考慮した設計がされています。後輪の泥除けが分割式になっているものや、ハンドルにシフトケーブルを取り回さないダブルレバーなどがその例です。「輪行用ヘッド」と呼ばれる、ヘッド部を容易に取り外せる構造のものもあります。フォークごと前輪を取り外す「フォーク抜き輪行」も知られています。

まとめ：ランドナーの魅力と未来

ランドナーは、単なるツーリング車ではなく、歴史、文化、そして技術の結晶です。独特のデザインと機能性、そしてそれを支える職人気質は、現代においても多くのサイクリストを魅了し続けています。MTBやロードバイクといった他の自転車種とは異なる魅力を持つランドナーは、今後も独自の進化を遂げていくでしょう。

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