リスとムクドリを伴う婦人の肖像

ハンス・ホルバインの『リスとムクドリを伴う婦人の肖像』

『リスとムクドリを伴う婦人の肖像』は、ドイツ・ルネサンス期の著名な画家ハンス・ホルバインが1526年から1528年にかけて制作した作品です。この油彩画はオークの板に描かれ、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。作品には、青い平坦な背景の中で控えめな服装をした若い女性が描かれており、彼女の手にはリスが抱かれています。リスは鎖でつながれ、彼女はそのリスと共に存在感を放っています。また、背景にはブドウを持つ木の蔓に止まるムクドリが描かれ、女性の右耳に嘴を向けています。このブドウは、聖書的なモチーフとして、豊かさと繁栄の象徴としての意味を持っています。

この肖像画は、ヘンリー8世の従者であり、1551年に亡くなったフランシス・ロヴェル卿の妻、アン・ロヴェルと広く考えられています。作品は非常に良好な保存状態で、ホルバインの巧妙な技法が色彩の細部にわたって表現されています。

来歴と保存

この肖像画は1761年からホートン・ホールに保管されていましたが、1992年に国家遺産記念財団や芸術基金、そしてジョン・ポール・ゲティ・ジュニアによる寄付でロンドン・ナショナル・ギャラリーに寄贈されました。

作品制作の背景

ホルバインは1526年の夏から1528年の夏までの間、イングランドに滞在している間にこの肖像画を制作しました。一部の美術史家は、女性が被っている暖かそうな毛皮の帽子から、この作品の制作時期が冬である可能性を指摘しています。また、ホルバインは当時、トマス・モアやその関係者のために多くの絵を描いており、彼のスタイルには特に意匠の模倣が見られます。ホルバインの作品は人物をよりアイコン的なファッションで描き、無地の背景とのコントラストを際立たせる傾向があります。

美術史家のジョン・ロウランズは、これをホルバインのイングランド滞在中の最も魅力的な肖像画の一つと評価しました。ホルバインの技術は、女性が着る白い毛皮や薄い布の質感を見事に描写しており、又、リスとムクドリは後から追加されたと考えられています。

人物の特定

この肖像画のモデルがアン・ロヴェルであるとする証拠は、ステンドグラス史家デイヴィッド・J・キングによって発見されました。彼はロヴェル家の本拠地であるナーフォークのイースト・ハーリングの教区教会の窓を調査中に、ロヴェル家の紋章に描かれた6匹のリスに気づきました。ムクドリは、イースト・ハーリングという地名の当時の綴り「Estharlyng」と関連し、言葉遊びとして捉えられています。

アン・ロヴェルはノーフォークのフランシス・ロヴェル卿の妻であり、彼女の夫はボズワース・フィールドにおける戦闘で知られています。本作はもしかしたら夫婦肖像画の一部であり、1526年にロヴェル夫妻の息子が誕生したことを記念して描かれた可能性もあるのです。描かれているリスは夫妻の子供の象徴とも考えられています。

『リスとムクドリを伴う婦人の肖像』は、ホルバインの卓越した技芸と当時の社会的背景を反映した意義深い作品として、現在も多くの人々に親しまれています。

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