リスフィルム

リスフィルムとは

リスフィルム（lith film）は、写真製版に用いられる特殊なモノクロフィルムの一種です。最大の特徴は、非常に高いコントラストを持つ超硬調な画像が得られる点にあります。白は純粋な白、黒は純粋な黒として表現され、中間的なグレーをほとんど含まないのが特徴です。この特性から、写真製版だけでなく、様々な分野で利用されてきました。

リスフィルムの歴史

世界初のリスフィルムは、1931年にコダックが発売した「Kodalith Film」です。これは、1929年に発売された「Kodalith Paper」に続くもので、「lith」は「Lithography（リトグラフ）」に由来しています。リスフィルムの登場により、写真製版は従来の湿板法からフィルム法へと大きく転換しました。

日本では、1939年に富士フイルムが国産初の「フジリスフィルム」を発売しました。当初は地図の複製やメーターの文字盤用でしたが、戦時中は軍用として大量に生産されました。戦後、1950年に小西六写真工業（現コニカミノルタ）が「コニリス」を発売。1952年には富士フイルムが「フジリスフィルムL」（密着用）と「フジリスフィルムM」（撮影用）を発売し、民生用にも販売が開始されました。しかし、海外メーカーの製品、特にコダックの「コダリス」やデュポンの「フォトリス」に品質面で追いつくには時間がかかりました。

1950年代には、伝染現像という新しい現像システムが導入されました。これにより、さらにコントラストの高い画像が得られるようになり、リスフィルムの性能は大きく向上しました。富士フイルムもこの伝染現像に対応した「フジリスオルソフィルム」を1956年に発売しました。

1964年には、コダックがリスフィルム用の自動現像機を実用化しました。これにより、手作業に頼っていた現像工程が自動化され、印刷物の品質が安定しました。日本でも、富士フイルム、コニカ、大日本スクリーン製造（SCREEN）が1970年代に自動現像機を開発し、写真製版システムを確立しました。

当時の主要メーカーは、コダックの「Kodalith（コダリス）」、富士フイルムの「FUJILITH（フジリス）」、小西六写真工業（コニカ）の「Sakuralith（コニリス）」でした。当初はコダリスが市場をリードしていましたが、富士フイルムが1977年に「富士フイルムHSLシステム」、1982年には「Super HSLシステム」を開発したことで、フジリスが品質・販売量ともにコダリスを凌駕するようになりました。

1990年代になると、DTP（デスクトップパブリッシング）の普及によりリスフィルムの需要は減少し、コニカは2006年に、コダックは2010年にリスフィルム事業から撤退しました。その後は、富士フイルムのみが製造・販売を継続していましたが、2016年にはカメラ撮影用リスフィルム「HS」と密着反転用・コンタクトフィルム「FKS」の2種4製品を残して、一般市場での入手は不可能となりました。

リスフィルムの主な使用例

リスフィルムは、その高いコントラストを生かして、様々な用途で利用されました。

写真製版: 主な用途は、印刷物の製版です。文字や図版を高精度で再現するために使用されました。
テレビ番組のタイトルや提供クレジット: 長期間保存する必要があるため、リスフィルムは重宝されました。紙のように劣化しないため、繰り返し使用することができました。
アニメや特撮の特殊効果: マスクを切る際に使われ、独特の表現を可能にしました。

特に、アニメや特撮の分野では、リスフィルムを活用した表現が数多く生まれました。

アニメにおけるリスフィルムの利用

アニメ制作では、リスフィルムはタイトルやクレジットだけでなく、本編でも多用されました。特に「リスマスク透過光」というテクニックは、アニメ表現に大きな影響を与えました。

リスマスク透過光とは、動画用紙に描いた細い線をリスフィルムに転写し、光を透過させることで、稲妻などの効果を表現する技法です。従来の塗りつぶしによる表現では、細い線が表現しにくく、また裏打ち処理をしても光漏れが発生しやすかったため、より精密な表現を求めてリスフィルムが用いられました。

東映動画では、社内にリスフィルムの撮影機材と現像設備があったため、積極的にリスフィルムを活用していました。助手が動画をトレスする際にリスフィルムを利用することで、動画マンへの支払いを抑え、さらにバンク（使い回し）を多用することでコスト削減にも繋がったようです。しかし、リスマスク処理が増えるにつれて、動画マンが直接用紙に描くようになっていきました。

リスフィルムを使った合成は、オプチカルプリンターで行われることもありましたが、予算と時間がかかるため、二重露光（ダブラシ）を用いるのが一般的でした。

1970年代末からSF作品が流行したことで、透過光処理の使用が増加し、その表現方法としてリスマスクが活用されるようになりました。1983年公開の『幻魔大戦』では、初めてリスマスク透過光が用いられ、オーラの表現に使われています。これは、それまでのラシャ紙を切り抜いて透過光を出す方法よりも精度が高く、より細い光を表現できるようになり、アニメの表現力を格段に向上させました。

1980年代には、ワイヤーフレームのCGが流行しましたが、当時のコンピューターCGは非常に高価だったため、手書きの線をリスマスクで透過光処理をする手法がよく用いられました。これにより、アナログでありながらCGのような表現を可能にしました。

1990年代後半には、デジタルアニメの初期段階として、IllustratorやAftereffectなどで作ったデジタルデータを印刷し、アナログのリスフィルムに転写して撮影・合成する手法が用いられました。1995年放映の『新世紀エヴァンゲリオン』では、初めてデジタルフォントを使ったタイトルが話題となりましたが、1998年以降、アニメ制作はデジタル化され、アナログの合成は使われなくなりました。

2000年代に入ると、アニメ制作の完全デジタル化（フィルム撮影の廃止）に伴い、リスフィルムは廃止され、全ての合成がCGで行われるようになりましたが、演出の名称自体は「リスマスク」として残っています。

関連項目

マキ・プロ: 昭和時代から平成時代にかけて、多くのアニメでリスフィルムを用いたタイトル制作などの「リスワーク」を担当した会社です。

まとめ

リスフィルムは、かつて写真製版やアニメ制作において重要な役割を果たしてきた特殊フィルムです。その高いコントラストと表現力は、様々な分野で革新的な表現を生み出し、特にアニメーションの表現には欠かせないものでした。デジタル技術の発展によって姿を消しましたが、その歴史と影響は、今もなお語り継がれています。

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