リック (映画)

リック

『リック』は、1988年にアメリカとユーゴスラビアの合作として製作が始まった映画です。原題は『The Dark Side of the Sun』。若き日のブラッド・ピットが初めて主演を務めた記念碑的な作品ですが、その完成・公開に至るまでには数奇な運命をたどりました。

制作と幻の公開

映画の撮影は1988年、当時のユーゴスラビア社会主義連邦共和国で行われました。しかし、ポストプロダクション、すなわち編集作業が完了する直前にユーゴスラビア紛争が勃発。混乱の中でフィルムは各地に散逸してしまいます。多くの関係者がその完成を諦めかける中、プロデューサーのアンジェロ・アランジェロヴィッチは、戦禍にあるバルカン諸国などを実に5年もの歳月をかけて奔走し、散り散りになったフィルムの断片を根気強く回収しました。そして、それらを丹念に編集し直し、ようやく作品として完成させたのです。このため、当初の撮影から大幅に遅れ、公開されたのは実に1997年。その劇的な制作背景から「幻の映画」と呼ばれるようになりました。

あらすじ

物語の主人公は、アメリカ人青年のリック。彼は太陽の光を浴びると死に至るという、極めて珍しい重度の光線過敏症を患っています。そのため、肌を一切露出させない特製の皮のスーツを常に着用しており、自分の素顔すら見たことがありませんでした。彼は父親と共に、この難病の治療法を求めて世界各地を旅し、ついにアドリア海に浮かぶ小さな島にたどり着きます。

島で彼は、病気を一時的に抑える治療法を見つけますが、その効果はたった3日間しか持続しないというものでした。永遠に病の影に怯え、太陽の温かさや光を浴びる開放感を知らずに生きるか、それとも短い命を承知で、たった3日間だけ病から解放された自由な生を選ぶか。リックは苦悩の末、後者の道を選びます。これは、限られた時間の中で人生の輝きを見出そうとする青年の、悲しくも力強い決断の物語です。

登場人物

リック：光を浴びると命に関わる難病を抱える青年。常に全身を覆う服装をしています。趣味はバイクと読書で、文学作品にも造詣が深く、感受性豊かな一面も持ち合わせています。繊細で周囲への配慮も忘れませんが、心の中では孤独と葛藤しています。人混みは苦手で、隠れ家で一人過ごすこともあります。母親の写真が入ったロケットペンダントを大切に身につけています。

フランシス：島の祭りの演劇に参加するために訪れたアメリカ人女性。屈託のない明るさと素直さが魅力です。将来は映画スターになることを夢見ています。黒いスーツ姿で謎めいた雰囲気を漂わせるリックに惹かれますが、素顔のリックとは同一人物だと気づきません。

ウォルター：リックの父親。難病のリックと病気の妻を献身的に支える、家族想いの人物です。リックが唯一、心の内を打ち明けられる存在であり、時には厳格な父として、時には親友のようにリックに寄り添います。以前は不動産会社を経営していましたが、現在は甥に任せて家族のために尽くしています。

エミリー：リックの母親。重い病を患い、言葉を話すことはできませんが、意識はあり、車椅子で移動したり歌を口ずさんだりすることもあります。写真を見たフランシスが思わず「キレイな人」と漏らすほど、美しい女性です。

ニーナ：リックの家に仕える家政婦。無愛想な態度ですが、料理上手で世話好きな一面も持ち合わせています。

その他：陽気な雑貨屋の主人、怪しげな治療師、独特な禁煙法を試みる広場のお爺さん、バイク集団のリーダーであるアランとその仲間たち、フランシスの劇団仲間などが、島の日常に彩りを添えています。

病と日常

リックの病気は、作中で「極端にひどいアレルギー性皮膚炎」と説明されており、太陽光だけでなく人工的な電灯の光さえも、皮膚のただれや腫れを引き起こし、数日で死に至るという非常に過酷なものです。彼はこれまで世界中の著名な医師を訪ねましたが、有効な治療法は見つかっていませんでした。

そのため、彼の日常生活は常に光を避けることから成り立っています。外出時はライダースジャケットのような光を遮る衣服を着用し、ヘルメットの下には目、口、鼻以外を覆う全身マスクを着用しています。これらは全て、彼の好きな色なのか、黒で統一されています。屋内にいる時もマスクは欠かせず、素顔でいられるのは窓やカーテンを完全に閉め切り、光を遮断した部屋だけです。長年の闘病生活により、家族以外は彼の素顔を知らず、リック自身も明るい場所で鏡を通して自分の顔を見たことがありません。

キャスト

リック - ブラッド・ピット（日本語吹替：宮本充）
フランシス - シェリル・ポラック（日本語吹替：水谷優子）
リックの父親 - ガイ・ボイド（日本語吹替：佐々木勝彦）
リックの母親 - ミレナ・ドラヴィッチ
* ニーナ - ゴリツァ・ポポヴィッチ（日本語吹替：真山亜子）

この映画は、ブラッド・ピットのキャリア初期における重要な作品であり、制作過程の困難と相まって、映画史においても特異な位置を占めています。病という重いテーマを扱いながらも、主人公が短くとも輝きに満ちた生を選び取る姿を通して、生きることの意味を問いかける作品と言えるでしょう。

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