ルネ・ペシェール

ベルギーの卓越した造園家、造園学者、そしてガーデンデザイナーであったルネ・ペシェール（Rene Pechere, 1908年 - 2002年）は、その生涯を通じて庭園と景観の保護、設計、教育に多大な貢献をしました。彼の活動はベルギー国内に留まらず、国際的な舞台でも重要な役割を果たし、特に歴史的庭園の保存に関する取り組みは世界的に高く評価されています。

生涯と初期のキャリア

1908年2月12日、ブリュッセルのイクセル区に生まれたペシェールは、若い頃から造園の世界に足を踏み入れます。1925年には造園業者ジュール・バイセンスのもとで見習いとして働き始め、翌1926年から1929年にかけては実務と並行して国立ヴィルボルド園芸学校で専門的な知識を深めました。その後、フランス国立ナンシー水利・林業学校へ留学し、帰国後は兵役に就きました。

1934年、ブリュッセルで造園家としての活動を本格的に開始します。彼の才能はすぐに認められ、1935年のブリュッセル万国博覧会では庭園部門長を務めました。この万博での経験を機に、独立した造園設計家としてエラスムスの家など、ブリュッセル市内の多くの公園や庭園を手がけます。1937年にはパリ万国博覧会のベルギー政府館庭園を設計し、同博覧会コンテストでグランプリを獲得、レジオンドヌール・シュヴァリエ勲章にノミネートされる栄誉に輝きました。

公共部門においても、1937年からブリュッセル市の公共植栽課長を務め、1939年には国立上級建築造形芸術学校（ラ・カンブル）の教授に就任するなど、教育活動にも携わります。しかし、同年には予備役将校として招集され、1940年にはドイツ軍の捕虜となります。この間、獄中でフランス軍将校から都市計画について学ぶという異色の経験をしました。

終戦により解放された後、1946年にはフランスに渡り、パリ市の都市計画家検定に合格。ベルギー帰国後、1952年には運輸省のアドバイザーや公共事業省の緑地顧問特別職に就任し、国の景観行政にも関わりました。

国際機関での活動と庭園保護への貢献

ペシェールは国際的な造園分野の中心人物としても活躍しました。1956年から1958年まで国際造園家連盟（IFLA: International Federation of Landscape Architects）の会長を務め、IFLAがユネスコ傘下の国際機構として発展する上で貢献しました。1958年にはIFLA内に景観・歴史的庭園及び遺跡の研究会を立ち上げ、歴史的庭園の保護の重要性を強く提唱しました。

1960年代以降、歴史的建造物や遺跡の保存に関する国際的な枠組みが強化される中、ペシェールは庭園の保護にもその動きを広げることに尽力します。1965年から活動を開始した国際記念物遺跡会議（ICOMOS: International Council on Monuments and Sites）とIFLAとの連携を深め、歴史的庭園国際委員会の会議制定に貢献しました。

特に彼の功績として特筆されるのが、「フィレンツェ憲章」の制定です。1964年のヴェネツィア憲章が建築物や遺跡の保存を主としていたのに対し、植物を含む生きた遺産である庭園の歴史的特性をどのように保存すべきかという課題がありました。ペシェールは、建築と植物が一体となった庭園の保存に関する独自の指針が必要であると考え、その制定に深く関わりました。彼の尽力により、1981年にはヴェネツィア憲章を補完する形で「歴史的庭園の保存に関する国際憲章」、通称「フィレンツェ憲章」が決定されました。これは、庭園を文化遺産として保護するための国際的な基準となり、世界中の歴史的庭園の保存・修復活動に大きな影響を与えています。

ペシェールはこれらの活動を通じて、ベルギー記念物遺跡等委員会委員、イコモス・イフラ合同委員会議長などを歴任し、庭園保護における国際的なリーダーシップを発揮しました。1973年にはユネスコ特認大使にも就任しています。

主な作品

ペシェールの作品は、新しい庭園の設計から、歴史的な庭園の修復・復元、既存庭園の改修まで多岐にわたります。代表的な作品には、以下のものがあります。

モン・デ・ザール庭園（ブリュッセル）: 1910年の万博時に作られたテラス式庭園を、1958年の万博に合わせて近代的な建築に調和するよう改造しました。
ダヴィッド＆アリス・ヴァン・ビューレン美術館庭園（ブリュッセル）: アール・デコ様式の邸宅庭園において、ラビリンスや温室部分を担当しました。
歴史的庭園の修復・復元: オランダのヘット・ロー庭園（1974年）、フランスのブルテイユ城庭園（1985年）、ベルギーのシャトー・ド・ノケレ庭園（1952年）、スヌッフ城庭園（1983年）など、多くの城館庭園の再生に携わりました。
公共空間・展示庭園: ブリュッセルの行政街公共公園（1974年）、トムバーグ広場（1963年）、パリ万博（1937年）、ブリュッセル万博（1958年）、インターバウ・ベルリン（1957年）などの出展庭園があります。
* 既存庭園の改修・新設: ブリュッセル植物園前庭（1956年）、ヴィラ・ハマーシュミット別荘庭園（ボン、1976年）といった公共・半公共空間から、多くの個人住宅庭園まで、多様なスケールのプロジェクトを手がけています。

著書と遺産

ペシェールは自身の造園哲学や知識を著書として残しています。最も著名なのは『庭園の基本法則』（Grammaire des Jardins）で、1987年に初版、1995年に第2版が出版されました。また、日本語に翻訳された『現代生活と緑地 ―緑地の本質―』も日本の造園・都市計画分野に影響を与えました。

彼の功績を記念し、ベルギー国内には文化・芸術の賞としてルネ・ペシェール国際賞が設立されています。さらに、彼が集めた都市計画や歴史的庭園に関する貴重な資料は、ルネ・ペシェール図書館（BRP）に収蔵・管理され、研究者にとって重要な拠点となっています。

ルネ・ペシェールは、実践的な造園家として多くの優れた作品を生み出す一方、学者として庭園の歴史と理論を探求し、国際的な活動を通じて歴史的庭園保護の基盤を築き上げました。彼の残した遺産は、現代の造園学や文化遺産保護の分野において、今なお重要な光を放っています。

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