レイン (映画)

『RAIN』：静寂の中で芽生える感情と悲劇の連鎖

1999年、タイから生まれた映画『RAIN』（原題：กรุงเทพอันตราย、英題：BANGKOK DANGEROUS）は、無情な殺し屋稼業に身を置く青年が、ある少女との出会いを通じて感情の変容を遂げていく様を描いた、静かでいて強烈な人間ドラマです。監督・脚本・原案・編集を手がけたのは、後にハリウッドでも活躍するパン兄弟（オキサイド・パン、ダニー・パン）。彼らの独特の映像センスと編集手法は、この初期作品からすでに顕著に表れています。舞台は、活気と危険が隣り合う大都市バンコク。主要キャストには、主人公コン役にパワリット・モングコンビシット、ヒロインである薬局の店員フォン役にプリムシニー・ラタナソパァー、そしてコンを殺し屋の世界へ導くジョー役にピセーク・インタラカンチットが名を連ねています。

物語の中心人物であるコンは、生まれつき聴覚と発話能力に障害を抱えています。彼はその孤独の中で、驚異的な射撃の才能を開花させていました。彼の特別な能力に気づいたプロの殺し屋ジョーは、コンを自身の仕事仲間に引き入れ、冷徹な暗殺者として育て上げます。一方、ジョー自身もまた心身に深い傷を負っていました。特に利き手を負傷してからは、最愛の恋人オーム（パタラワリン・ティムクン）さえも遠ざけ、荒んだ生活を送っています。

そんな殺伐とした日常を送るコンにとって、一筋の光となったのが、薬局で働く心優しい少女フォンでした。言葉を交わすことのできない二人ですが、筆談やジェスチャーを通して心を通わせ始め、コンは生まれて初めて恋愛感情を知ります。フォンとの純粋な交流は、コンの内に閉ざされていた人間的な感情を少しずつ揺り動かしていきます。しかし、彼の裏稼業は避けられない影を落とします。ある夜、コンが仕事として強盗を射殺する現場を偶然フォンが目撃してしまい、彼女は激しいショックを受けます。純粋だったはずのコンのもう一つの顔を知ったフォンは、彼との関係に悩み苦しみます。

同じ頃、ジョーにも悲劇が訪れます。彼の恋人オームをレイプしたギャングに対する復讐として、ジョーは彼らを殺害しますが、その報復としてギャングのボス（クーキアット・リィムパパット）によって命を奪われてしまいます。コンは、師であり唯一の理解者であったジョーの死に衝撃を受け、復讐を決意します。しかし、復讐を遂げる前に、ジョーの恋人であったオームまでもが命を落としてしまいます。愛する人、大切な師と、次々と失い、一人きりとなったコンの心は、深い絶望と怒りに支配されます。

雨が降りしきる中、コンはギャングのボスのアジトへと単身乗り込みます。そこへ、コンを案じたフォンが駆けつけますが、時すでに遅く、多くの警官たちも現場に集結していました。フォンと警官が見守る中、コンは最後の選択を迫られます。彼はボスの命を奪った後、自らの頭を撃ち抜き、その場で絶命します。孤独な殺し屋が、愛を知り、守るべきものを失った末に選んだ、あまりにも悲しい結末でした。

『RAIN』は、言葉に頼らず、視覚的な表現と主人公の内面描写で物語を進めていく手法が高く評価されました。2000年にはトロント国際映画祭で国際批評家連盟賞（Fipresci Award）を受賞しています。その独特の世界観と悲劇的なストーリーは、後にハリウッドでリメイクされる運びとなり、2008年にはパン兄弟自身が監督を務め、ニコラス・ケイジ主演で『バンコック・デンジャラス』として製作されました。

静寂の中に激しい感情を秘めた主人公の葛藤と、バンコクの街並みが織りなす映像美が印象的な本作は、暴力と純粋さ、そして避けられない運命を描き出した、パン兄弟初期の傑作として知られています。

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