レトリスム

レトリスム（Lettrisme）は、ルーマニア出身の詩人イジドール・イズーが第二次世界大戦直後にパリで始めた前衛芸術運動です。この運動は、シュルレアリスムやダダイスムの理念を受け継ぎ、詩作を起点として、映画、演劇、彫刻、絵画、写真、ダンスなど、様々な芸術分野で既存の形式を根本から解体するような、ラディカルな表現を追求しました。主要なメンバーとしては、モーリス・ルメートルやギー・ドゥボールなどが挙げられます。

レトリスムの運動は、まず言語そのものを徹底的に破壊することから始まりました。具体的には、意味を持たない音素を無作為に並べた詩作によって、従来の言語表現を解体しようと試みました。その後、絵画や彫刻の制作においては、絵文字を多用した作品が多く見られるようになり、これらの作品は「ハイパーグラフィー」と呼ばれました。この運動における映画制作もまた特筆すべきもので、イジドール・イズー監督の『涎と永遠についての概論』（1951年）やモーリス・ルメートル監督の『映画はもう始まったか』（1951年）などは、「ディスクレパン映画」と呼ばれました。「ディスクレパン」とは「矛盾した」や「食い違った」という意味を持ち、これらの映画は既存の映像に全く関係のない詩の朗読や演説の音声を重ねたり、フィルムを切り刻んだり、スクラッチや彩色で直接加工したりする手法が用いられました。さらに、映画そのものや観客に対する直接的な批判を挿入するなど、当時の映画表現の常識を覆すような試みが数多く行われました。これらの実験的な表現は、後にスタン・ブラッケージやジャン＝リュック・ゴダールといった映画監督たちにも影響を与えました。

レトリスムは、単なる芸術運動にとどまらず、独自のユートピア思想に基づく「青年の蜂起」と呼ばれる社会変革理論も提唱しました。この理論は、1968年のパリ五月革命に大きな影響を与えたことでも知られています。このように、レトリスムは、芸術表現の革新だけでなく、社会変革の思想にも大きな影響を与えた、非常に重要な前衛運動であると言えるでしょう。

参考文献:
河合政之. “レトリスム”. アートワード 現代美術用語辞典ver2.0. 大日本印刷株式会社. 2013年6月4日閲覧。
河合政之. “ディスクレパン映画”. アートワード 現代美術用語辞典ver2.0. 大日本印刷株式会社. 2013年6月4日閲覧。
古永真一 『BD 第九の芸術』 未知谷、2010年、114-118頁。

関連書籍:
塚原史 『プレイバック・ダダ』 白順社、1988年

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