レンダリング (ベリオ)

フランツ・シューベルトがその短い生涯を閉じる直前、1828年に作曲に着手しながらも完成に至らなかった作品に、交響曲ニ長調 D936A があります。この作品は、3つの楽章それぞれの冒頭部分や重要な主題のアイデアが記された断片的なスケッチとしてのみ残され、作曲家の死と共に文字通り「未完」の運命を辿ることとなりました。長い間、その存在は知られていたものの、演奏される機会はほとんどありませんでした。

20世紀後半に入ると、シューベルトが残したこの貴重な遺産を、現代の演奏可能な形で蘇らせようとする試みが現れます。その中でも特に異彩を放つのが、イタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオ（Luciano Berio, 1925-2003）による補筆完成版、『レンダリング（Rendering）』です。ベリオは1990年にこの作品を完成させました。

ベリオがD936Aの補筆に取り組むにあたって採用した手法は、従来の「補筆」とは一線を画すものでした。多くの補筆者が、シューベルトの当時の作曲様式を厳密に研究し、可能な限り作曲家本人が意図したであろう形で作品を完成させようとするのに対し、ベリオは異なるアプローチを選びました。彼は、シューベルトが残した限られた断片から、その失われた全体像をかつての状態に完全に「復元」することは不可能であると考えたのです。

そこでベリオは、自身の言葉でこの作業を「修復（restoration）」と呼びました。これは、古い絵画や建築物を修復する際に、オリジナルの部分と、現代的な素材や技術を用いて新たに加えられた部分とが明確に区別されることがあるのに似ています。ベリオは、シューベルトが書き記した断片を尊重しつつも、その断片と断片の間を埋める空白部分には、彼自身の独特な音楽語法を「セメント」として積極的に使用しました。つまり、『レンダリング』は、単にシューベルトの様式を模倣して空白を埋めた作品ではなく、シューベルトが残した「過去」の音楽的痕跡と、ベリオという現代作曲家による「現在」の解釈と創造が融合した、いわば二重構造を持つ作品なのです。

このベリオのアプローチによって、『レンダリング』はシューベルトの交響曲であると同時に、紛れもなくルチアーノ・ベリオの作品とも言える独特の響きを持っています。未完に終わったシューベルトの音楽が持つ叙情性や旋律美が顔を出す一方で、ベリオによる間奏部分では、彼のトレードマークである音響的な探求や、テクスチュアの実験などが現れることもあります（ただし、『レンダリング』においては、シューベルトの断片が前面に出るように配慮されており、ベリオ自身のスタイルは控えめに、かつ補完的に用いられています）。この手法は、断片から全体の可能性を探るという点で、ベリオが他の作品で用いたコラージュや引用の手法とも通じるものがあります。

『レンダリング』は、シューベルトのスケッチ通りに3つの楽章から構成されています。それぞれの楽章はアレグロ、アンダンテ、アレグロという速度指定を持ち、シューベルトが構想したであろう交響曲の基本的な形式を踏襲しています。しかし、各楽章の中でシューベルトの筆が途切れた箇所や、アイデアの展開が不完全な箇所では、ベリオが自身の音楽で巧みに接続し、音楽の流れを自然に、あるいは意図的に変化させています。

シューベルトの交響曲D936Aに対しては、ベリオ以外にも複数の音楽学者や作曲家による補筆版が存在します。例えば、音楽学者のブライアン・ニューボールド（Brian Newbould）は、シューベルトのスケッチを徹底的に分析し、可能な限りシューベルトの様式に忠実であろうとする補筆を試みました。他にも、ペーター・ギュルケ（Peter Gülke）やピエール・バルトロメ（Pierre Bartholomée）などによる版があります。これらの補筆版の中でも、特にニューボールド版は演奏される機会が最も多いと言われています。

しかし、ベリオによる『レンダリング』は、単なる補筆版の一つとしてではなく、未完の古典作品に対する現代の作曲家による創造的な応答として、独自の芸術的価値を持っています。シューベルトが残した可能性の種を、現代の光の下で新たな形で開花させようとしたベリオの試みは、過去の遺産といかに向き合い、それを現在にどのように活かすかという、創造における普遍的な問いに対する一つの回答を示唆していると言えるでしょう。『レンダリング』は、シューベルトの音楽を愛する人々にとっても、またベリオの革新的な音楽に関心を持つ人々にとっても、非常に興味深い作品であり続けています。

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