ロイス・10HP

ロールス・ロイスの礎を築いた名車：10HP

10HPは、後のロールス・ロイスとして名高いF・H・ロイス社が1904年から1906年にかけて製造した乗用車です。20世紀初頭の自動車としては類まれな信頼性を誇り、後のロールス・ロイスの成功の礎を築いた重要なモデルと言えるでしょう。

開発の背景：完璧主義者の挑戦

フレデリック・ヘンリー・ロイスは、電気製品を製造する事業で成功を収めた人物でした。しかし、長年の過労により健康を害し、療養生活を送ることになります。その療養中に、中古のフランス製自動車（ドコービル12HP）を購入、使用した経験が、自動車製造への転機となりました。既存車の振動や騒音、操作性の悪さに不満を感じたロイスは、より優れた自動車を作り上げることを決意します。当時、電気自動車が注目されていましたが、航続距離の短さという課題をロイスは見抜いており、ガソリンエンジン車の改良に焦点を当てました。

当初は、既存車のエンジン部品を改良して他のメーカーに供給する計画でしたが、徹底的な性能追求の結果、自ら設計・製造する必要性に迫られました。1904年には、選抜された数名の助手と共に3台の試作車を完成させます。

10HPの革新的な機構

10HPは、多くの点で当時としては画期的な技術が採用されていました。

エンジン: 約1810ccの水冷直列2気筒エンジンは、精密な設計と製造により、スムーズで静かな回転を実現しました。特に点火装置は、当時の自動車における大きな課題でしたが、信頼性の高い点火を可能にしました。
キャブレター: 現代と同様のスプレー式キャブレターを採用。さらに、ロイス独自のエアバルブ機構により、スロットルを閉じた際の混合気濃度の上昇を防ぎ、安定した運転を可能にしました。
ガバナー: 遠心式ガバナーにより、500～1000rpmの範囲で自由に回転数を調整できました。
トランスミッション: オートバイ式3速マニュアルトランスミッションとシャフトドライブを採用。ドコービル12HPを参考にしながらも、改良を加えることで静粛性とスムーズな走行性能を高めました。これは当時としては非常に高いレベルの技術でした。

ロールス・ロイス誕生への道

完成した試作車は、厳格な走行テストにかけられました。その性能の高さが認められ、1904年5月、フレデリック・ヘンリー・ロイスは、マンチェスターでチャールズ・ロールズと出会います。ロールズは10HPの独占販売を提案するとともに、多気筒エンジンの開発を依頼しました。この出会いが、後にロールス・ロイス社設立という歴史的出来事へと繋がります。

その後、10HPは改良が加えられ、信頼性向上のためのメインベアリングの増設など、更なる性能向上を実現しました。また、10HPをベースに、15HP、20HP、30HPといった多気筒モデルも開発されました。1904年12月には、ロールス・ロイス社が設立され、チャールズ・ロールズが独占販売権を持つという正式契約が締結されます。1906年には、エンジンの排気量拡大、ホイールベースの延長などの改良が加えられました。

10HPの遺産

10HPの製造台数は16台から19台と言われ、現在も数台が現存しています。その卓越した技術と信頼性は、ロールス・ロイスというブランドの礎となり、今日の高級車メーカーとしての地位を築く上で重要な役割を果たしました。10HPは単なる一台の自動車ではなく、自動車史に名を刻む、偉大な発明の物語を体現しています。

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