ロバート・ノックス

ロバート・ノックス：解剖学者、人類学者、そして倫理的葛藤

ロバート・ノックス (1791年 - 1862年) は、19世紀スコットランドを舞台に活躍した医師、解剖学者、そして人類学者でした。彼の名は、エディンバラで起きた凄惨なバークとヘア連続殺人事件との関連性において、今もなお記憶されています。優れた解剖学者として高い評価を得た一方、人種差別的な思想に基づいた人類学的研究や、殺人事件への関与は、彼の功績に暗い影を落としています。

エディンバラでの教育とキャリア

ノックスはエディンバラで博物教師の家に生まれ、エディンバラ王立高等学校を経て、1810年にエディンバラ医学校に入学しました。在学中は解剖学の試験に一度は失敗するものの、その後合格し、1814年に卒業。軍医補として陸軍に入隊し、ロンドンの聖バーソロミュー病院に勤務した後、ブラッセル病院で外科手術の技術向上のため解剖学の重要性を痛感し、解剖学への情熱を深めていきました。
その後、喜望峰への航海やフランスでの留学を経て、解剖学の知識と技術を研鑽。フランス留学中には、後の彼の研究に大きな影響を与えるジョルジュ・キュビエやエティエンヌ・ジョフロワ・サンティレールと出会いました。

1822年にエディンバラに戻ったノックスは、王立スコットランド学術会議員に選出され、動物学に関する論文を発表して一定の評価を得ます。さらに、エディンバラ王立外科学校に比較解剖の展示館を設立、その館長に就任するなど、順調にキャリアを積んでいきます。

1826年から1840年まで、ノックスはエディンバラで私立の解剖学校を運営。その人気は高く、多くの学生を集めました。彼の講義は刺激的で、学生たちを魅了した一方、その物議を醸す内容や、大陸風の講義スタイルは批判の対象にもなりました。著名な鳥類学者ジョン・ジェームズ・オーデュボンも、ノックスの解剖室を訪れ、その様子を記録しています。

バークとヘア連続殺人事件への関与

1815年、イギリスの王立学校は医学課程で解剖学の試験を拡大しました。しかし当時、解剖が認められていたのは犯罪者の死体のみ。このため、解剖用死体の需要増加は深刻な問題となり、貧困層の遺体が違法に解剖されるケースが後を絶ちませんでした。
ノックスの解剖学校の成功は、この需要をさらに押し上げました。1827年、ウイリアム・ヘアは借金のある店子の遺体をノックスの学校に提供し、金銭を得ました。この一件を皮切りに、ヘアとウィリアム・バークによる連続殺人事件が始まり、16名もの犠牲者を出しました。この事件は世間に衝撃を与え、ノックスも強い批判を受け、王立エディンバラ外科学校を追放され、展示館の館長職も失いました。

人類学研究と人種差別的思想

バークとヘア事件後、ノックスは出版や講演活動で生計を立て、数多くの著作を発表しました。その中には、『人類の人種』などの人類学に関する著書も含まれており、キュビエ、サンティレール、ゲーテといった著名な自然科学者の思想を統合した独自の自然観を提示しました。しかし、これらの著作には、人種差別的な思想が色濃く反映されていると指摘されています。彼は、人種を種として捉え、特定の人種、特にイングランド系アングロサクソンを優れているとみなすなど、現代の倫理観から見て容認できない主張をしています。

まとめ

ロバート・ノックスは、優れた解剖学者として貢献した一方、バークとヘア連続殺人事件への関与や、人種差別的な思想は、彼の業績を複雑なものにしています。彼の生涯は、科学的進歩と倫理的問題の両面を浮き彫りにする、興味深くも暗い歴史の一端を私たちに示しているのです。彼の業績は、その後の科学の発展に大きな影響を与えた一方で、倫理の重要性を改めて認識させる教訓となっています。彼の功績と、その影の部分を理解することは、科学史を学ぶ上で不可欠です。

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