ロバート・ヤーキーズ

ロバート・マーンズ・ヤーキーズ

ロバート・マーンズ・ヤーキーズ（Robert Mearns Yerkes, 1876年5月26日 - 1956年2月3日）は、20世紀初頭に活躍したアメリカ合衆国の著名な心理学者であり、動物行動学の先駆者として知られています。

ペンシルベニア州に生まれたヤーキーズは、アーサイナス大学で学び、卒業後にハーバード大学大学院へと進学しました。そこで高名な心理学者フーゴー・ミュンスターバーグに師事し、1902年に博士号を取得しました。アカデミックキャリアとしては、1917年にミネソタ大学の教授に就任した後、1924年から1944年までの長きにわたり、イェール大学で教鞭をとりました。

彼の学術的な最大の貢献の一つは、比較心理学という分野の基礎を確立したことにあります。ヤーキーズは、単に人間だけでなく、無脊椎動物から霊長類を含む脊椎動物まで、非常に多様な動物種を研究対象としました。そして、これらの動物たちの知能、学習プロセス、知覚といった精神機能に関する幅広い研究を行い、動物の行動を人間の心理と比較・関連付けて理解しようと試みました。

特に、ヤーキーズは霊長類の行動研究の重要性を早期から認識していました。彼は霊長類の複雑な認知能力や社会行動に深い関心を寄せ、その研究を推進するために具体的な行動を起こしました。1929年には、フロリダ州オレンジパークに「イェール霊長類研究所（Yale Laboratories of Primate Biology）」を設立しました。これは、霊長類の行動と生物学を専門に研究するための画期的な施設でした。この研究所は後にジョージア州アトランタのエモリー大学に移転し、現在も「ヤーキーズ霊長類研究所（Yerkes National Primate Research Center）」として、この分野における世界有数の研究拠点となっています。

研究所での研究活動に加え、ヤーキーズは類人猿の自然環境における生態調査も積極的に企画しました。1931年にはチンパンジーの研究のためヘンリー・ニッセンを、翌1932年にはマウンテンゴリラの調査のためにハロルド・ビンガムをアフリカに派遣するなど、フィールドワークを通じた知見の収集にも力を入れました。

ヤーキーズの業績として広く知られているものの一つに、「ヤーキーズ・ドットソンの法則」があります。これは、彼とジョン・ディリアード・ドットソンが提唱した法則で、学習課題の遂行効率と動機づけ水準の関係を示しています。この法則は、動機づけのレベルが低すぎても高すぎてもパフォーマンスは低下し、最適な中程度のレベルで最高の効率が得られる、という「逆U字曲線」の関係を指摘するものです。

また、ヤーキーズは第一次世界大戦中にアメリカ心理学会（APA）の会長を務めており、この時期に大規模な集団式知能検査の開発を主導したことでも歴史に名を残しています。これは、戦時中に多数の新兵の適性を迅速に評価する必要が生じたことから計画されたものです。彼は「陸軍アルファテスト（Army Alpha）」および非識字者向けの「陸軍ベータテスト（Army Beta）」として知られる検査プログラムの立案・実施を指揮しました。この取り組みは、その後の心理検査の発展に大きな影響を与えました。

さらに、霊長類、特にチンパンジーとのコミュニケーションを目的として開発された人工言語は、ヤーキーズの研究への貢献を称え、「ヤーキッシュ（Yerkish）」と名付けられました。これは、記号を用いて概念を表現し、学習させる試みであり、動物の認知能力や言語獲得の可能性を探る上で重要な一歩となりました。

ロバート・マーンズ・ヤーキーズは、比較心理学の発展に多大な貢献をし、特に霊長類研究を科学的な領域へと引き上げたパイオニアです。彼の設立した研究所は現在も活動を続け、彼の提唱した法則や開発に関わった検査は、心理学史における重要な遺産となっています。

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